「医仙、隊長。ちょ、ちょっと、いっしょに」
チュンソク隊長たちと立ち話をしてた私たちの方にまっすぐ駆けて来ると、珍しくトギにあいさつもしないでテマンは言った。
その顔がこわばってるのが分かったんだろう。チュンソク隊長はそれ以上何を聞くわけでもなく
「チェ尚宮殿」
とだけ叔母様に頭を下げる。
叔母様はテマンとチュンソク隊長を素早く見比べた後に
「敬姫さまはこちらに。そなたは行け。医仙を頼む」
とだけおっしゃって、次にタウンさんが小さく頷いた。
「チュンソク」
キョンヒさまはまだ何が起きたのか分からない様子で、さっき握り締めた隊長の袖を離すのも忘れてチュンソク隊長を見上げてる。
チュンソク隊長は申し訳なさそうな優しい手つきで、そのふわふわした白い指をそっと握って、ゆっくり自分の袖から離す。
「宜しくお願い致します」
ハナさんにとも、叔母様にともつかない声でその場で頭を下げると
「医仙、参りましょう」
そう言って歩き出す。
「隊長、俺も」
トクマン君が慌てて言うと、素早く私の横に並ぶ。
チュンソク隊長はトクマン君を振り返り、その場に残る叔母様たちを一瞬確かめてから
「・・・判った。来い」
急ぎ足は止めないままで言って、私たちは4人で酒楼の門を出た。
*****
「こっちです。早く」
テマンに呼ばれて駆け付けた・・・多分ここは、審判室?運営本部?そんな感じのところだと思う。
造りは簡単。普通のお店の前にちょっとした机が置かれて、そこにノートと、あの人も持ってるような筆一式が入った箱が乗ってる。
テマンは後ろから一緒に来た私とチュンソク隊長、そしてトクマン君に
「こここです」
ってひと声言って、そのお店の中に急いで飛び込んだ。
お店の奥には、普段はきっと客席に使う大きなテーブル。
その周りに背の高い男の人たちが固まって、なんだかちょっとした騒ぎになってるような、不穏な気配。
「大護軍!」
テマンの声にテーブルを囲んでた全員が振り返る。
その中の1人が私を見つけて
「・・・イムジャ」
って、困ったみたいな声で呼んだ。
入って来た時からすぐに分かったけど、声をかけていいかどうか分からなかったから、呼ばれて急いで呼び返す。
「ヨンア!」
取りあえず他の事は全部後回しでいい。
私はあなたに駆け寄ると、何も聞かずにその頬に手を当てて、額の熱を確かめて、頸動脈と橈骨動脈から脈をとる。
変わらない。視診も触診も、いつもと変わったところはない。
熱もないし平脈。じゃあどうしてこんなに大勢集まってるの?
「何があったの?」
「こ奴と当たる者がおらん」
そこに並ぶ大きな男の人の1人、ヒドさんが苦い声で吐き捨てた。
「え?」
「相手がこ奴と判ると、皆腰が引ける」
「もう二人もだ。取組の前に下りやがった」
ヒドさんの奥から槍を抱えたチホさんが、そう言って首を振った。
「まあ俺は旦那んとこの兄さんに負けたけどさ。それでも不戦敗じゃなかったぜ。正々堂々戦って負けたんだ。な、兄さん」
サッパリしたチホさんの声に逆に困り顔で、それでもコムさんが頷いた。
「はい」
「じゃあヨンアは?ヨンアのせいじゃないのに、どうなるの?」
私の声にテーブルの向こう側に固まってた見たことのない男の人たちの中から、一番年長らしき人が進み出て頭を下げた。
「懼れながら大護軍、今のままでは取組も進みません」
「・・・ああ」
この人もそれは分かってるんだろう、渋々それに頷き返す。
「すでに二度不戦勝がお続きです。三回戦から取組を始めて頂くというのはどうでしょう。
初戦には有象無象が出てきますが、そのあたりなら、さすがに不戦敗をするような者は勝ち上がれません」
この年長の人が審判長とか、そんな偉い人っぽい。
そのアドバイスに他の男の人たちも全員同意するみたいに頷いた。
「そうしなよ、旦那。今のままじゃあ誰に当たっても同じだぜ。
別に旦那が狡い手で勝ち上がったわけじゃねえって、見物人は全員知ってんだからさ」
いつも背負ってる弓がないだけで別人みたいな、不思議な感じのシウルさん。
そう言われてまだ納得できない顔のあなたは、眉間を強く押さえると大きな溜息を吐く。
「そうしよう、ヨンア。今は試合も止まっちゃってるんでしょ?まだまだ外にいっぱい人もいるし」
ダメ押しの私の声に悔しそうに唇をかむと、あなたは小さくアゴを下げて同意する。
そしてみんなからフイと顔をそむけて、スタスタお店を出て行ってしまう。
慌てて追いかける私たちに混じらず、チュンソク隊長だけがそこに残った。
「では、急いで残りの取組の組み合わせを」
その声を右から左に聞きながら、通りに飛び出してあなたを探す。
「ヨンア!」
私の声にも足を止めないで、あなたは表通りの人ごみの中を酒楼の方へ歩いていた。
それでも私を気使うように、その手だけが後ろに伸びて来る。
急いで人ごみをすり抜けて、その指先にぎゅっと掴まる。
いつの間にかあなたを先頭に、私の左右にはヒドさんとコムさんの大きな壁が出来ていた。
後ろにはテマンとトクマン君、シウルさんとチホさんがガードしてくれる。
この人ごみで迷惑だろうとは思うけど・・・行きの道よりも歩くのが楽なのは事実。
そんなお団子状態で人ごみを抜けて、やっと戻った手裏房の酒楼。
一斉に門をくぐった私たちに振り返った叔母様たちが、驚いた顔で振り向いた。
「・・・どうした。全員揃って時化た顔で」
その声に誰も何も言えずに、黙ってあなたの様子を見てる。
あなたは何も答えない。きっとここまでガマンしてたんだと思う。
門をくぐって周りが知ってる顔ばかりになった時。
叔母様の方には戻らずに1人で東屋と逆の離れの方へ歩きながら、あなたは庭の端の大きな木の幹を思いっきり蹴る。
庭に響き渡る鈍い音。日陰を求めて枝にとまっていた鳥が大きく揺れた木から、バタバタ一斉に飛び立った。

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