2016再開祭 ｜ 気魂合競・丗壱

寅の刻を回る前から、寝屋の窓外の夏空は明るかった。

しかし昨日と違うのは、窓から吹き込む風が肌に涼しい事。
一方から吹いていたと思うと、突然向きが変わる。
そして空は明るいものの、窓から陽が射し込んでは来ない。

早々に起き出した俺が寝台上でほんの僅かに身動いだ途端。
まだ昨日の赤みの残る頬をしたあなたの瞳がぱちりと開いた。

いつもならそれほど寝起きの良い方ではない。
片腕に小さな頭を載せ、紅い頬を確かめようと伸ばしかけていた逆手の指が、決まり悪く宙に浮く。
この指に目を遣って、微笑むあなたの鼻先が咽喉元にすり寄った。
それは涼風の吹く夏の早朝にしては、明らかにいつもよりも熱い。

「イムジャ」
その熱さに不安を感じて呼ぶと
「うん、なぁに？」

返ってくる声も、いつもの寝起きの掠れたものではない。
「眠れましたか」
「うん。ぐっすりよ。起きてたらヨンアが気付くでしょ？」

あなたは楽しそうな含み笑いで言った。
確かにそうだ。この方が苦しそうなら俺が気付かぬ訳がない。
問い詰めるのを諦めて熱い鼻先を咽喉元に感じたまま、寝台の上に大の字に寝転がる。
転がった勢いで離れぬように、あなたは俺の胴に腕を廻してしがみつく。

そしてこの胸に顎を預けたまま瞳を上げる。
窓外を確かめ、寝乱れた亜麻色の髪の隙間で細い首が傾いた。

朝からそうして此方の気も知らずに、無防備な横顔を見せる。
男は何と簡単に出来ているのか。
陽の昇る間戦いに集中するほど、二人きりになった時には別の危うい慾が湧く。

英雄色を好むと昔から言われるが、英雄でなくとも変わりはない。
その横顔を見るだけで血の昇った頭を冷やすには、今朝の涼風はうってつけだった。
肌寒いほどのそれに吹かれ、深い息を繰り返す。
あなたの顎を預けたこの胸が、大きく上下する。
あなたは不思議そうな目で俺を確かめ、再び窓外へ視線を戻す。

「風が冷たいわ」
「ええ」

書雲観正の申出は正確だったと思い返しつつ頷く俺に
「雨が降りそう」
胸に頭を預け直したあなたの呟く声が聞こえる。

テマンの勘の良さや空見の力には及ばずとも、人には皆そうした勘が備わっておるのだろう。
風が吹く、晴れる、雨が降る、雪が来る、海が荒れる。
暮らしに近ければ近いほど正確に。
殊更に雨の好きな方だから、それが判るのかもしれん。
「はい」

書雲観正は、空模様を確かめに行った俺に言っていた。
十日以上も前、角力の鍛錬の合間を縫って訪れた折に。

これ程の季節外れの暑さは十日ほどで収まりましょう。その後は雷雨と共に、暫し梅雨空が戻って参ります。

角力大会が雨を呼ぶのは満更嘘でもなさそうだと驚いた。
その言葉通り、今日になって雲行きが変わったのにはもっと驚いた。

空と雲だけをひたすら眺め、長々と意味の分からぬ数式を並べて計算に明け暮れるだけの事はある。

一雨来れば民も安堵するだろう。
田畑も潤い、川にも多少の水嵩が増し、城下中に舞い上がる酷い砂塵も収まる。
この方を無事に取り戻し、そしてあとは雨さえ降れば万々歳だ。

もう一息だと窓外の空を確かめ、胸に乗った小さな頭を支えながらゆっくり体を起こす。

「もう起きるの？」
あなたは頭を支えられたまま、腕の中から俺を見上げる。
「･･･はい」

そうでもせねば今日の取組は大遅刻の不戦敗だ。
一つ寝台で長い髪に擽られながら、これ以上黙っておとなしく寄り添っている自信がない。

渋々頷く俺を不思議そうに見つめながら、あなたは細く白い両足を寝台から床へ下ろした。

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