2016 再開祭 | 金蓮花・拾伍

 

 

来た。

夜の空気が変わった刹那、立ち上がり周囲の闇を透かし見る。
未だ姿は見えずとも消せぬ、それが気を扱い切れぬ者の殺気。
あの酒屋で感じたものと同じ殺気。奴らも追手だったのだろう。

横のあなたの小さな手を握り、無言で石段を駆け上がる。

闇の中から風を切る気配。
鋭い音を立てこの頭の真横、つい今通り過ぎた木柱に鏢が突き刺さる。

腕は確からしい。間一髪。
この方を破屋の扉から押し込め続いて己も滑り込み、息を切らせた細い肩を抑えると扉脇へと座らせる。
「此度は物騒です。此方で」

この方も続く言葉が無いか、俺の眸を見詰め返して頷いた。
こうして巻き込む。あなたが此処に居られる限り幾度でも。

危険に晒し、追われ、逃げ、そして戦う事になる。
戦の無い世からいらした方が、これに耐えられる訳も無い。

それでも眸を見詰めて下さる鳶色の瞳。この瞳が傍にある限り幾度でも。
護る。戦い、そして勝って戻る。逃げ果せてみせる。無事に帰す為なら。

扉のすぐ外まで迫る気配に鬼剣を抜き、この足で表扉を蹴り開ける。
あの方が脇に座り込んだままの扉を閉め、闇の中男二人と対峙する。

剣遣い相手の狭い石段の利点。一時に二人に襲い掛かられぬ事。
扉側に居た方の男が剣を構え、石段上の俺を見据えた。

抜身の鬼剣で石段から飛び降りる勢いを使い、己と刃の両方の重みでその男を上から袈裟懸けに斬り捨てる。

残る一人は落ちて来た一人目を避けるよう石段を駆け下りる。
その下で一人目を斬った勢いで飛び降り、地面に膝を着く俺を待ち構えていた。

剣の腕は此方の男の方が上か。放たれた一打目が膝を折った俺の頭上を通り過ぎる。
際どく躱して立ち上がり、態勢を整え距離を取る。

一歩。二歩。三歩目で男が斬り掛かる。振りがでかい。
先刻酒屋では確認しきれなかったが、相当重い剣を遣うのか。

そのまま剣の届く際で身を翻し胸元で切先を躱す。
腰から斬り上げる二打目を受け、互いに一歩飛び退る。
間髪入れずに入る三打目を払うと背後の低い石垣へと駆け上がり、落ちる反動で鬼剣を振り下ろす。

夜の中で火花の散るような、刃のぶつかりあう固く鋭い音が響く。

剣を躱した男の態勢の崩れた処で再び向かい合う。
充分に打ち合った。筋は読めた。次が終わりになる。

男の一打目を逸らし大きく一歩、その胸元を飛び込む。
飛び込みながら払った胴、振り切りながら男の胸元を抜ける。

擦り抜けた背後、男は声無くその場へ斃れた。

こうして斬る。幾度でも。

あの方がそんな事を望まぬと、誰よりも知っているのに。
その横で人の命を奪い続ける事に迷いを抱いているのに。

斬り合い終えた夜の中。
其処には再び、無音の月明かりだけが降っていた。

 

*****

 

「眠れない?」

昨夜よりは幾分ましな破屋の中。既に敵に居所は露見している。
今更消しても遅かろう。

柱の油灯を吹き消す事も無く、荷を枕に筵の上に寝転ぶあなたが俺に向かって囁いた。

側に寄る事が出来ん。
見たかどうかは判らずとも、明日の朝陽が昇れば此処を出立の折 この方は石段の下で見つける事になる。
今宵のうちに誰かが片付けぬ限り、そこに斃れた二つの骸を。

気付く筈だ。俺が再び斬った事を。
迷いながら他の方法も知らず、こうして剣を振り続ける事を。

鼻の利くあなたの事だから、もう既に気付いておられるかもしれぬ。
一間しかない破屋の中、強く漂う血の臭い。

この掌、纏う衣、洗っても洗っても取れる事なく。
敵の命を奪い続け己が生き残る代償に、濃くなり続けるその臭い。

「どこか怪我した?」
「いえ」
油灯の外、扉脇に腰を据え床に座って首を振る。
眠れぬのではない。眠らずにいたい。眠るよりも大切な事がある。

座り込み壁に背を預け、立てる片膝を鬼剣を握る腕で抱え込む。
眸を閉じて息を整え、そのままの姿勢で考える。

刺客が放たれた。人相書きが廻っている。
この方の懸賞金は金一千両也。
千両で買えるなら田畑に本貫の邸、総て売り払い買うてみるか。

買って手に入れ決して離さず、この途の先で誰を斬る事も無く、天門まで送り届けられればどれ程に気が楽になるか。

だが人の命は物ではない。金で遣り取りなど決して出来ん。
ましてこの方の命は俺にとり、一千両どころの話ではない。

全て擲ちあなたの命が買えるなら、もしも本当に出来るなら。

下らぬ妄想に乱れる頭を振れば
「どうしたの?」
あなたがまだ不安げな声で問い掛ける。
「・・・眠って下さい」

それきり黙る俺を見詰める視線を感じ、それでも無理に眸を逸らす。
一千両を出す、そして俺を殺せと書くなら、黒幕は間違いなく奇轍。
断事官にしろ徳興君にしろ、ならず者共に人相書きを廻してまでこの方を欲しがっているとは思えん。

断事官はこの方を公開処刑出来ぬなら、進軍すれば良いだけだ。
徳興君に至っては、寧ろこの方が捕まれば己の王座が遠くなる。
テマンが手裏房や迂達赤と正しく肚裡を読み、行動に移していると信じるしかない。

断事官であれ奇轍であれ、捕まればこの方の命はない。
断事官であれば待つのは処刑。
奇轍であれば今から捕まっても、天門の開く時期には間に合わん。
そうなればこの方を手元に置いて飽きて殺すが先か、言うなりにならぬこの方に腹を立てて殺すが先か。

まして玉璽を王様から奪ったのは、他ならぬ己自身。
それが原因で王様を窮地に立たせながら、この方を逃がす為に皇宮を抜けるなど。

支離滅裂の出鱈目だ。己の動きは何もかも。
この方さえ無事なら他の何も考えられず、抑える事も耐える事も出来ず、置かれた状況を読む事も無く。

出来る事はこの方が天門から逃げた後で讞部にでも出向き、洗い浚い申し出て裁きを受ける事くらいのもの。
王命については知らなかったと言わねば、最後まで王様に御迷惑が及ぶ。
迂達赤や手裏房については、一切関わりが無いと明かさねばならん。

それでも一片の悔いも無い。

俺にはあなたが一番で、国を守る意味など判らないから。

ただこの手で全ての者を危地に追い遣った、その罪の重さだけが心の隅で疼いている。

俺へお気遣いなくば王座は揺るがなかったであろう王様。
俺に関わらねば今も何事もなく生きていたであろう奴ら。
俺が隊長でなくば何の支障も無く役目に邁進出来る奴ら。

闇の中、あなたの目を盗み皇宮の方を眺めるのは未練ではない。
万一にも自分の所為で俺が戻れぬのだなどと考えて欲しくない。

俺は倖せだから。何も考えず心のままに走れる今が倖せだから。

 

 

 

 

1 個のコメント

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    とにかく ウンスを天界に帰さなきゃ
    その後のことは…
    案じてもしょうがない!
    だって 今が大事だものね~
    ウンスは ヨンのことを
    ヨンは ウンスのことを案じて
    2人とも ケナゲだわ~

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