2016再開祭 | 胸の蝶・廿壱

 

 

「大護軍」

久々の秋の晴れ間、部屋には窓からの光が溢れる。
私室に入って来たチュンソクが、気遣わしい顔で俺を見た。
眩しく明るい部屋の中、昨夜までの雨を引き摺る如きチュンソクの曇った顔。

「何だ」
雨上がりの泥濘での鍛錬に備え既に鎧を着込んだ俺が振り向くのに
「大護軍に、会いたいという者が」
奴は扉を視線で示す。

「誰だ」
「それが・・・」
言い淀んだ声で首を捻るチュンソクは困ったように言った。

「禁軍です」
「通せ」
「しかし・・・」
「何なんだよ」
慎重にも程がある。一体何が気掛かりで言葉に痞えているのか。
不満げな俺の眸を確かめても、如何して良いか判らぬのだろう。

「実はその禁軍の遣いが、男を一人連れて来ていて」
「男」
「遍照と言えば大護軍にはお判り頂けると。その遍照が大護軍とどうしても話したがっているので、連れて来たと・・・」

その声を聞くと同時に部屋を横切り、無言で扉を飛び出す俺を驚いたようなチュンソクの足音が追って来た。
「チュンソク」
「は」

階を飛ぶように下りながら声を掛けると、数段後ろから声が返る。
「先に鍛錬を始めろ。許すまで、兵舎には誰も入れるな」
「は!」

委細は判らぬまでも、只事ではない事だけは判るのだろう。
俺の周囲に今まで見た事もない男と禁軍が連れ立って出て来れば。
チュンソクは俄に緊張した声で短く言うと、階を飛び降り急いで扉を駆け出て行く。

一人吹抜けに残った俺の目前。
禁軍の臙脂鎧を纏うた男と、掴み処のない笑みを浮かべた遍照が並んで此方へ頭を下げた。
「大護軍、申し訳ありません!」

仁徳宮からは水一滴漏らすな。蟻一匹入れるな。
そう命を受けている禁軍の兵は、立つ瀬がないといった様子で恐縮しきっている。
「御命令に背いた事は判っております。しかしながら」
「話は後だ。何故来た、遍照」

あの時伝えた筈だ。一度入れば外への出入りなど考えるな。
そしてお前は納得の上で、あの宮に二重間者として入った。
しかし今、その本人は涼しい顔で俺に平然と微笑みかける。

「申し訳ありません、チェ・ヨン殿。しかしチェ・ヨン殿のおいでを待つ猶予はないと考えました」
「何がだ」
「先日から出入りしている、あの女人です」

遍照は珍しく、その顔に心から心配そうな表情を浮かべた。
「あの女人は信用出来る者なのですか、チェ・ヨン殿」
「お前には関係ない」
「しかし、明日からも来るのかどうか」
「・・・どういう事だ」

その遍照の声に、昨夜のヒドと女人の遣り取りの光景を思い出す。
この僧が知る訳はない。あの女が言う訳もない。
何しろ仁徳宮に入って一月以上、誰一人声を聞いた者もない程だ。

昨夜の様子を見ていれば判る。今更あの女がヒドに不利な振舞いをする訳がない。
しかし遍照は確かに何かを知っている顔で、珍しく熱の籠った声で、俺に向けて言い募る。

「お確かめ下さい、チェ・ヨン殿。拙僧はそれしか判りません。
それをお伝えする為に、禁じられていると知りながら出て参りました」
遍照は最後に深々と頭を下げ、禁軍の兵に引き立てられるように静かに吹抜を出て行った。

含みのある物言いが気に掛かる。
唯でさえ昨夜のヒドの件の直後だ。
これで判った事が一つ。遍照は少なくとも今まで、確かにあの女を知らなかった。
さもなくばあの心裡を明かさぬ男がわざわざ禁軍と共に、迂達赤まで馳せ参じる筈がない。

しかし問題は何一つ解決していない。
女が去るならそれでも良いが、ヒドの件、そして仁徳宮の件は口止めせぬ訳にもいくまい。
女の行き先と言っても心当たりは手裏房の酒楼のみ。
何故俺が走らねばならんのだ。
そう考えながら鎧を脱ぐ為に、先刻降りたばかりの階を駆け上がる。
手裏房の酒楼に、目立つ迂達赤の鎧姿で出入りする事は出来ん。

ヒド。女。遍照。

これで悪縁が結ばれぬなら、あの方の天の預言が外れるなら、多少の骨折りは致し方あるまい。
最後に閉めた私室の扉の音が、無人の兵舎に木霊した。

 

 

 

 

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