2016 再開祭 | 三角草・中篇

 

 

キム先生への相談は、思った以上に早く終了した。
「ウンス殿」

向かい合った典医寺の診察室で、黙って話を聞いたキム先生は話し終わった私に首を振った。
「早いうちに一度、そのチャンヒという子の脈診に参ります。脈を読むまでは何も言えません」

典医寺にいきなりチャンヒを運んで来るわけにはいかない。
ここが王様と媽媽を、皇宮で働くみんなを診察するための病院だってことは、私にだって分かってる。
そして韓方医学は個々の四診をしない限り病名確定も出来ないし、治療法も決められないことも。
病名は恐らく確定なのに。

この時代には、この時代なりの診断方法がある。
私の知識や技術の方が確実だとしても、この時代に手に入る薬や方法で治療に当たるしかない。
あせっちゃダメ。あせっていい結果が生まれるとは限らない。
私は自分に言い聞かせながら、キム先生の言葉に頷いた。

 

*****

 

あの人と一緒にチャンヒを送って行ったご自宅。
帰り道が同じ姐さんも並んで歩きながら、空を見上げて言った。
「止んで良かったよ」

まだ秋の終わり、キラキラと舞ってた花びらみたいな粉雪はすぐに止んだ。
ただとても寒くて、私は巻いてたマフラーを外すと、手をつないだチャンヒの前にしゃがみ込む。

大通りの中で目の前にいきなりしゃがみ込んだ私に、チャンヒが足を止める。
細すぎるその首にマフラーをグルグル巻くと、制止のタイミングを失ったあなたはとっても困った顔をしたけど。

もう一度立ち上がって手をつなぎ直す。
診断通りなら、正直寒暖の温度差は病状にはあまり関係ない。
ただ小さい子が寒そうにしてたら、そうするのが人間としての道って感じがするじゃない?

「寒くない、チャンヒ?」
「はい、ウンス先生」
「先生?」
「はい。お医者様だから、ウンス先生」
「うわー、そんな風に呼んでもらえるとうれしいなあ」

繋いだ手を元気に振ってもう一度歩き出すと、私たちの後ろからあなたの溜息だけが聞こえた。

大勢で突然訪問した私たちに、チャンヒのお母さんがビックリした顔で頭を下げる。
「大護軍様、奥方様までお揃いで。何かありましたか」
「チャンヒの母さん、さっきうちの前でチャンヒが急に倒れてね。
呼びに来たら留守だったから、そのままこっちの男の家に運ばせてもらったんだよ」
マンボ姐さんが早口で言いながら、あなたを指差した。

「大護軍様の御邸に」
お母さんは顔色を変えて、慌ててあなたに頭を下げる。
「申し訳ございません!とんだご迷惑をお掛けして」

お母さんの言葉を上げた手で遮って、あなたが声を続ける。
「構わん。それより、気になる事があって来た」
「気になることでございますか」
「ああ、俺ではなく」

あなたの黒い瞳が私に移ったところで、お母さんに話しかける。
「そうなんです、お母さん。でもまずチャンヒを寝かせた方が」
「あ、ああ、はい。すぐ戻ってまいります。おいで、チャンヒ」

お母さんはチャンヒと手をつなぐと、足早に店の奥に消えていく。
「イムジャ」

2人の姿が見えなくなってから、あなたが静かに私を呼んだ。
「あの娘は、悪いのですか」
マンボ姐さんも同じ事を心配してるんだろう。 いつもみたいに混ぜ返す事もなく、私たちの話を黙って聞いてる。
「・・・今すぐ命に関わるような症状じゃないわ。だけどこのまま放っておいて、自然によくなるわけでもないの」
「心の臓ですか」
「うん」
「・・・媽媽と」

あなたはそこまで呟いた後、はっとした顔で唇を結んだ。

媽媽と。

多分今、私たち2人の頭に浮かんだのは同じお顔。 慶昌君媽媽。

私が助けられなかった、あなたが悲しい決断をしたあの時。
私に高麗の医学の知識があったとしても助ける事は出来なかった、あの時チャン先生は確かに言ってくれた。

火苦毒を飲んだ患者を、救う道はありません。

でも。でも。それでもそう思ってしまうのが医者の業。
それならせめて、もっと違う道はなかったんだろうか。

あの時はそんなこと、これっぽっちも思わなかった。
ただ目の前でこの人の手が赤く染まっているのを見た時、この人を人殺しと責める以外の道なんて、考えもしなかった。

同じ状況になったらどうするんだろう。そう考えてぞっとする。
もし今私の大切な人が、間違えてあの毒薬を飲んでしまったら。

それでも助ける道はないんだろうか。ただ諦めて、泣いて、そして見捨てるしかないんだろうか。
もう一度この人は傷つきながら、また大切なこの大きな手で悲しい答を出すしかないんだろうか。

そんなこと絶対にさせられない。そんなことをさせるくらいなら、ドクターとして私が決断するべき。
そして誰も傷つかないように、一日も早く対処方法を、薬を探す。
だからこそあの頃の慶昌君媽媽よりもっと小さなチャンヒは、必ず治してあげたいと思う。

全ての患者が教えてくれる。同病異治。異病同治。
21世紀の西洋医療にはない考え方だけど、弁証論治だと思えば的を射ていると思う。
全ての患者の症状と治癒経過が、いろんなことを教えてくれる。

発作性上室性頻拍。21世紀なら、無駄に長期投薬すらしない。
1回のカテーテル手術での治療効果は95%、カテーテル手術後の頻脈再発率は10%以下。
合併症リスクは心タンポナーデ、房室ブロック、脳梗塞。
リスク発生率は合計で1%未満。発生タイミングは術中から術後の72時間。それを過ぎればほぼゼロ。

こんな知識ばっかりあっても仕方ないのに、まだどこかでしがみついてしまう自分がいる。
オペ器具も薬品も手に入らない高麗で、考えたって仕方ないのに。

「ヨンア」
「はい」

それでも治してあげたい。あの子の為に、そしてあなたの為に。
治せる病気が1つでも増えるのが、有効治療を1つでも多く見つけるのが、きっとあの時助けられなかった慶昌君媽媽の為にもなるって信じたい。
それがこの国を守ってるあなたを、少しでも明るい気持ちに出来るって信じたいから。

「絶対に治したいの」

短い言葉に、あなたは全部分かってるよって瞳で頷いた。

 

 

 

 

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