2016 再開祭 | 金蓮花・玖

 

 

「兵糧都監を設置する」

王様から招集された宣任殿、俺は軍班の最上席で向かいの文官達と顔を突き合わせる。
王様のご入室に立ち上がり一斉に頭を下げてお出迎えし、ご着席を待って其々腰を下ろした途端。

前置き無しの王様の御声に、室内の一同が息を殺す。

亡国の危機に瀕して戦を恐れる民がおろうか。

あの時元の断事官へ告げられた御言葉に一切の偽りはないらしい。
確かにそうだ。
しかしそれにより血を流すのも、また多くが民であるのに間違いはない。

隊長ならどうする。この局面であの人ならばどう判じ、どう動く。

だからなのか。あの時私物を整頓し、立ち尽くす俺におかしな声を幾つも掛けた。
そして最後にあの人は言った。

頼んだぞ。

俺は頼まれた。あの人の留守居を。
帰るまで王様、そして迂達赤の安全を死守するのが俺の役目だ。

あの人が常に考えて来たように。常に無言で見せて下さったように。
己の命など顧みる事無く、ただ俺達が戦場で命を落とす事がないようにと。
そして何が起きようと、どう攻められようと、王様を最後まで守ると。

あの人の留守中は役を担わねばならん。
頼んだぞ、その言葉を背負ったからは。

「各地方官衙と連携し、可能な限り軍糧を集めよ。
そして護軍アン・ジェを都巡慰使に任命し、両界の州鎮軍の指揮を任せる。急ぎ態勢を整えよ」

王様の御声に俺の隣席で禁軍アン・ジェ護軍が頭を下げる。
「王様」
「何だ」

護軍は正面を向いたままで椅子から腰を上げ、王様へは振り返らず直立不動で言い放った。

「恐れながら申し上げます。両界及び安州の指揮は護軍チェ・ヨンに御命じ下さい。
チェ・ヨンは既に安州を指揮した経験があり、またその大小を問わず戦では無敗を誇ります。
どの軍高官であろうとも、チェ・ヨンの指示であれば必ず受け容れます。故に」
「指揮を」

アン・ジェ護軍のそれ以上の声を遮るよう、王様の御声が被さる。
「執れと申した。護軍アン・ジェ」
それ以上の直談判は無理と思ったかアン・ジェ護軍は短く返す。
「・・・御意」

己の武功の上げる絶好の機会を失っても、御前で俺達の隊長を推す。
同じ護軍として少なくとも同位でありながら、俺達の隊長をここまで認めるとは、誰にでも出来る事ではない。

俺とて最初のうちは、己を宥める事に躍起になったものだ。
あの人がふらりと迂達赤兵舎に現れた、あの初の日から。

赤月隊がどれ程に国に貢献したかを知ってはいても。
その最年少部隊長としてあの人をどれ程尊敬しても。
それでも己が積み重ねてきた筈の物を軽々と越えられ、その足元にも及ばぬと日々見せつけられ。

まるで死んだように眠りこけ、起きればふらりと酒を飲みに出て、挙句の果ては隊員らと泥だらけの衣で戻る時。
鍛錬と称し足腰立たぬ程扱き上げられ、這い蹲った俺達を尻目に、憎たらしいほど涼やかな目で笑う顔を見た折。

そうして一人、また一人、あの人の何処かに触れていった。
不器用な心の片隅。いつも肝心な処で少な過ぎる声。
寝るか呑むか暴れるか、そして戦場では俺達の事だけを考える人。

俺達も馬鹿ではない。自分が命を懸けて従いて行く男は己で決める。
俺が、チュソクが、トルベが、トクマンが、全ての迂達赤が決めた。
そしてあの人が山からある日連れ帰った、あのテマンが己で決めた。

俺達の隊長はあの人しかおらんと。あの人の声以外従う気は無いと。
だから俺は留守居を預かる。
そして横のアン・ジェ護軍も、恐らく俺達と同じ気持ちなのだろう。

今ここにおらぬだけだ。あの人は必ず戻る。
アン・ジェ護軍の着席を見て、王様が御声を続ける。
「他に元の情報は無いか」
「紅巾族の乱が激しさを増しているとか。しかし王様、本当に戦も辞さぬお心積もりですか。
私が元へ参り回避策を模索するも」

対面の文官イ・ジェヒョン殿が、玉座の王様へ向き直る。
「今は元を牽制するが肝要だ。高麗への侵攻をするには、刺し違える覚悟のいるものと思い知らせねば」
決意の滲む王様の御声に皆が銘々に頷く中。
「隊長はどう思うか」

王様の御口からの自然な呼び声に、皆が狼狽えた目を交わす。
まるであの人の低く不愛想な声が続きそうな気さえする。

─── 王様。政の駆け引きは某には判りかねます ───

待っている。
あの声の無い部屋内。俺もアン・ジェ護軍も、玉座におわす王様も。
此処に居る全員が、あなたの帰りを信じて待っています。隊長。

 

 

 

 

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