2016再開祭 | 桔梗・拾壱

 

 

明るい月光が照らす、今年の鈴虫の声も終わった秋の庭。
静けさの中この耳はあなたの声の一つ息の一つまで拾う。
「もちろん!どこに行くの?」

弾む嬉しさを隠そうともせぬそれに、未だに心を決められぬまま首を振る。
「イムジャ」

そんな深閑とした庭だから、あなたの耳も拾ったのだろう。
この呼び声の響きの中、隠そうとしても滲む苦さを。
膝の上の小さな体が途端に緊張で固くなるのが判る。
余りに軽く柔らかな塊は、息を詰めただけで重さを変える。
「・・・どこに行くの、ヨンア?」
「柳家の家訓をお教え下さい」

藪から棒の願い出に、月を映した瞳が丸くなる。
あなたの真直ぐな心根を育てて下さった大切な言葉。
初めて伺った時から気になっていた。きっと大切な物だろう。
父上の箴言が己の中に残り続けるように、この方にとって意味深いものに違いない。

「何を?」
しかしこの方は一体何の事だとでも言いたげに、首を傾げるばかりだ。
「思い出したとおっしゃった」
「・・・え?」
「先日の夕餉の卓で」

まさか本当に忘れているのだろうかと、半信半疑で念を押す。
天界の御家族に伝わる大切な家訓であろうに。
「野菜の声が聞こえるようにと」
「・・・あ、ああ!」

ようやく思い出したように笑うだけでは足りぬのか。
膝の上、細い腕を伸ばすと、小さな体が俺にしがみつく。
「困っちゃうな。そんなに難しく考えないで。本当に大したものじゃないのよ?お義父様の見金如石とは比べ物にもならないくらい」
「箴言には変わりない」
「ほんとに?」
「はい」

あなたが傷つくと知っているのに、会わせねばならない。俺が王様の側に居る限り。
あなたが李 成桂親子と会うのなら、その前に知っておきたい。
誰も知らぬあなたの天界での暮らし。あなたを育てて下さった大切な御家族の、貴重な御教え。
悲しむあなたを救える答が、傷を癒す言葉が一つでも多いのに越した事はない。
月夜の縁側で腰を上げ、あなたの手を引いて立ち上がらせる。

そのまま居間へ戻り、文机の上の硯箱を開けて小さな手に筆を渡す。
ゆっくりと墨を磨る横、あなたは興味深げに座っている。
やがて磨り上がった硯の中の墨液に筆先を沈め、その筆先が慣れぬ動きで紙の上をぎこちなく動く。

漢文ではなく天界のあの文字を楽し気に紙に書くと、あなたは俺に向けて示して見せた。
「じゃじゃーん!」
「・・・何と書いてあるのです」
「これはねえ」

도라지 와 감자

유은수

墨が黒く染めた指先が、その天文字を辿る。
「贅沢じゃなくていいから、シンプルに誠実に本質に向き合え」
「誠実に、本質に・・・」
「そう。ハルモニが見せて、教えてくれたのよ」
「御祖母上が」

まだ乾かぬその墨文字を、この方と並んでじっと見る。
この視線に気づいたあなたは目を上げて俺を確かめた。
「本当にどうしたの?今日はちょっと変よ」
「いえ」

誠実に、本質に向き合え。 何と貴重な箴言だろう。
父上の言葉にも通ずるその御教え。
御祖母上。まだお元気なのだろうか。
もしもそうであって下さるなら、この方を攫った俺は御祖母上にも、癒されぬ深い悲しみを味わわせている。
それでも返してやれぬなら、離れて生きていけぬなら。

「頂けますか」
その紙を指して尋ねる俺に、横のこの方は満足そうに笑った。
「もちろん、どうぞ?」

大切にする。あなたを、家訓を、伝えて下さった御祖母上を。
無言でそれを畳み、丁寧に懐へと仕舞い込む。
最後に無言で上から掌で懐を押さえると、横のこの方は不思議そうに、けれど嬉しそうに見つめていた。

 

 

 

 

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