2016再開祭 | 夏茱萸・前篇

 

 

そうだ。全てあの布切れが元凶だ。
衣を来て溺れるのが怖いなら、担いで泳いでやる。
透ける衣が厭なら水から上がらず、水中で抱いて温められる。

そう。びきにとか言うあれさえなくば、全て丸く収まる。
あれさえなくば。
「イムジャ」

三度呼んだこの声に、期待を捨てぬ鳶色の瞳が向けられる。
「行きましょう」
「え?」
「水遊びに」
「・・・ほんとに?!」

俺の声に歓声を上げるこの方を見て思う。
悠々と頷き返し、己の判断に間違いはないと確信する。
あれさえなくば全て丸く収まるのだ。たかが端切の一枚二枚で俺のこの方を悲しませる理由などない。
こうして出掛けると言うだけで、これ程喜んで下さるのだ。
あのちっぽけな布切れに邪魔など許してなるものか。

屋探ししてでも、抽斗全てを漁ってでも見つけ出す。
そして必ずこの手で破り捨ててやる。
そこまですればこの方も諦め、水に爪先を浸すくらいで大人しく俺の横にいて下さる筈だ。
足を剥き出しにされるのも得心はいかんが、あの恐ろしい衣を纏われるよりもずっと良い。
少なくとも誰かに見られる前に、この方の衣裾を引き降ろせば済む。

「ヨンア、ほんとに?あとで気が変わったなんて言わない?」
大きな瞳を輝かせ、念押しのようにこの方が問う。
「はい」
「約束?」
「はい」
この方は卓に肘を突き、向いから細い小指を伸ばす。
天界の約束の小指に小指を絡ませると、この方の親指が立ち己の親指の腹に押される。

「これで約束よ?」
「はい」
心から嬉し気な笑み顔が見られただけで良い。
どれ程甘いと罵倒されても良い。この方の言う事なら叶えてやる。
心も体も喜んで護る。行きたい処ならば連れて行く。
したい事があれば、能う限り叶えてやる。
それすら出来ず横に居て、一体何の意味がある。俺の総てはこの方の為だけにある。

ましてこれから大切な役目が待っている。
ちっぽけなあの布切れを見つけ出し、木端微塵に破いて捨てる。
既に水辺を楽しむどころの話ではない。
一歩一歩確実に。立てた戦略を着実に熟しさえすれば戦勝旗は目前だ。
この山さえ乗り切れば、その日は俺にとってもこの方にとっても最良の一日になるに違いない。

互いの親指の腹を押し合わせるとこの方の顔が近づいて、笑みの形の温かい唇が俺の唇にも約束の印を押した。

 

*****

 

「・・・医仙」
媽媽が心配そうにおっしゃると、私の顔を覗き込む。
「はい、媽媽」
「ご気分が優れぬのですか」
意外な質問に驚いた私を見て、媽媽はもっとびっくりした顔をされる。

「いえ、気分は最高です。私、どこか変ですか?」
あの人は一緒に水遊びに行こうって言ってくれたし、検診でも媽媽のご体調は良さそうだし、脈も安定していらっしゃる。

夏の風は気持ち良く、坤成殿の窓から吹き込んで来る。
窓の外の日差しは目が痛くなるくらい眩しく、きれいな庭の芝を光らせる。
そこに咲いてる大きな黄色いひまわりの花が、笑うみたいに風に揺れる。
こんな最高の日、最高な気分の私がどうして媽媽にそんな心配をかけちゃうの?

「・・・先ほどから、茶にも茶菓にも御手が伸びぬので・・・」
媽媽は遠慮がちにおっしゃると、テーブル上に置かれたティーセットに目を移される。
いつも媽媽が私の検診時間に合わせて用意をして下さるおいしいお茶と、綺麗に盛られたお茶菓子。
「ああ!」
ようやく媽媽のご心配の理由が分かって、私は思わず頷いた。
「違うんです媽媽。私、実は今ダイ・・・えーっと、キレイになるために、ちょっとだけ痩せようと思ってて」
「え」

私の言葉が心底意外なのか、媽媽の可愛らしい丸い目が大きくなった。
「医仙、今でも充分お綺麗です。何故そのような」
「うーん、ありがとうございます。でも、あともうちょっと」
服の上からウエスト辺りをつまむと、媽媽もその指先を遠慮がちにご覧になった。

「この辺りのお肉だけ、落としたいんです」
「そんなもの見当たりませぬ」
「媽媽もお世辞がお上手ですねー」
私が笑うと媽媽は素直にほっぺを膨らませる。

「世辞などではありませぬ」
拗ねた御顔が本当の妹みたいで、なんだか私まで笑っちゃう。
「医仙がいつもおっしゃるでしょう。夏負けせぬよう確りと水分と食を摂るようにと。医仙も同じなのではございませんか」

本当に心配して下さるのが分かるから、私もその御声に頷いた。
「はい。無理はしないようにします」

でも絶対にキレイなスタイルでビキニを着たい。その為にはウエストをあと3㎝は絞りたい。
だってあの人が連れてってくれるんだもの。あの人にキレイだなって思ってほしい。自慢に思ってほしい。
自信がなくてビキニの上から何か羽織って隠すなんて、絶対にイヤよ。

媽媽が心配して下さるお気持ちは嬉しいし、無理は絶対にしないけど、でも3cmだけ!
私が誓いますっていうように片手を上げると、詳しい意味は判らないなりに心は通じたのか、媽媽は渋々頷いて下さった。

 

 

 

 

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