2016 再開祭 | 気魂合競・陸

 

 

朝の迂達赤私室には、昨夜東屋に集ったばかりの男が四人。
今日も変わらず空は青く、朝の風は肌を撫でて過ぎる。
梅雨時の湿りを含んで纏わりつくようなものとは違う。

これは本格的に雨乞いが必要かもしれんと、窓外の空を見る。
雨が降らぬ限り、最優先は鍛錬。
その合間に書雲観に顔を出し、司天供奉に話を聞く事にもなろう。

角力大会で雨を呼ぶという話は信じない。
民の息抜きは必要だろうから文句を言う筋合いはないが、それとは別に確かな情報は知りたい。
民に不安をぶつけられたら、確信を持って返せる答を。

しかし他の三人は夏越月に相応しからぬ空模様など眼中にないらしい。
今日の夏空とは正反対の、今にも降り出しそうなどんよりした重く暗く冴えない面。

「大護軍、隊長、医仙が景品だなんて、まさか冗だ」
トクマンが耐え兼ねたように、風の吹き抜ける室内の沈黙を破る。
「チェ尚宮殿がそんな冗談など吐くか。まして大護軍だけでない、俺達も手裏房も前にして」
チュンソクはトクマンの声を遮るように声を荒げた。
テマンはそんな二人には目もくれず、無言で部屋隅に蹲っている。

既に肚は決まっている。それはこいつらも充分承知だろう。
「出る」

叔母上の魂胆が推し量れぬ以上、あの方を人質に取るならその手に乗ってみるしかない。
そこまでして角力に挑めと画策するならやってやる。
「八百長扱いは御免だ。絶対に手を抜くな」
「は」

俺の気性をよく知るチュンソクは、神妙な顔で短く頷いた。
後は大きな怪我人が出ぬよう祈るほかない。
患者の事しか考えぬあの方は、此度何処までその治療に関われるか判らないのだ。

「民には怪我を負わせるな」
「気を付けます」
トクマンが続けて頷くと、床のテマンを確かめる。
「心配するな、テマナ。俺達は負けない。大護軍の名誉と医仙がかかってるんだ」
「大護軍。禁軍や官軍も、出ますか」
テマンは蹲った床から初めて目を上げ、俺だけに問うた。

「恐らくな」
「心配するなって言ったろう。大護軍と医仙の仲を裂こうなんて愚か者は一人もいない。俺達の誰かが勝てば良いんだ」
「でも、大護軍」

テマンは不安に顔を曇らせたまま、真直ぐに俺を見詰めた。
「医仙のことはともかく、大護軍とやり合いたい奴は大勢います。大護軍一人に狙いを定めてくる奴らが、きっと」
「だろうな」

チュンソクの得意技かと思ったが、昨夜一晩考えながら眠れぬ夜を過ごしたのはこいつらも同じだったらしい。
角力であれば後腐れはない。勝っても負けても。
独り歩きしているこの名を叩きのめそうと出てくる奴も居ろう。
王様に格別の御配慮を頂く迂達赤を潰したい奴も居るかもしれん。

片頬に笑みを浮かべた俺の呟きに、素直な弟分は顔色を変え、床から勢い良く立ち上がる。
「無茶です、そんなの」
「負けると思うか」

心外な疑いを掛けられたとばかり、テマンは激しく首を振る。
「ま、まさか!でも何人来るかも分からないのに!」
昨夜のコム、そして考えてみればチホともシウルとも本気で組み合った事はない。
俺を倒したいと思うかどうかは別として、組み合ってみたいと思うだろう。
強い者を探し挑む、兵でも民でもそれが男の性だ。

そしてあの風遣い、必ず奴も来る。俺を倒す為でなく助ける為に。
但し当たって勝負に手を抜くかと問われれば、互いに意地がある。
俺も、そして奴も本気を出す事になる。

「構わん。十人でも五十人でも、相手が誰でも」
「だけど、大護軍」
「お前らも本気で勝て。迂達赤旗に懸けて」
「は」
「はい」
「勝てば決勝で俺と当たる」

三人の男の顔が引き締まるのを見て思う。
出場する以上、各々が迂達赤の名を背負う事になる。
そしてその場で、心に想う相手から声援を送られれば。
其処で無様な負け姿を晒したい男など居るはずがない。

全員がその矜持と迂達赤の名に懸けて、死に物狂いで戦うだろう。
そんな奴らと相対するなら、此方も本気でやるのが流儀。
「誰が勝とうと恨み無しだ」
「判りました」

チュンソクが頭を下げ、トクマンが続いて頷いた。
しかしテマンは唇を噛み締め頑なに首を横に振る。
「お、俺、俺は嫌です。出たくないです。大護軍と戦うなんて」
「テマナ!」

チュンソクがテマンに皆まで言わせず、太い声で叱り飛ばす。
「良いか。俺達の役目は大護軍を倒す事ではない。強い奴が大護軍と当たる前に、一人でも多く先に倒しておく事だ」
「だ、だけど、もし勝ち上がったら」

テマンも自信があるのかないのか。
しかし実際は俺自身も奴らも、何処まで勝てるかは判らん。
それでも負ける気も、手を緩める気も一切ない。
迂達赤だろうと二軍六衛だろうと、手裏房だろうと民だろうと。

「その意気だ。勝ち上がって来い」

今まで知らなかった遣い手や、力自慢や角力上手が出て来るのかも知れん。
今まで鍛錬で手合わせまで行かなかった他軍の伏兵が現れるのかも知れん。
逆に言えば今まで死なぬ程度に鍛え上げた迂達赤と、二軍六衛の一部以外の実力は全く判らない。

俺達の総当たり戦が叔母上の隠れた計略の残り半分なのであれば、面白い事になる。
眠れぬ夜を考えに暮れて過ごしたこの三人の男には到底言えんが、そう思うのが武人の性、そして男の本能だろう。

愛する方さえ無事だと判るなら、より強い者と本気で戦いたい。
戦い、勝つ。考えるのはその後だ。考える必要があるのなら。

晴れ渡る窓の外、朝の鍛錬の刻を報せる法螺の音が響く。
「まずは兵らに報せます。少なくとも最精鋭の六十名は出場を」
時告の音にチュンソクが椅子から腰を上げる。
「ああ」
「残り十四日、死なぬ程度に鍛えましょう。誰が勝ち上がっても良いように」

どうやら慎重居士なこの男も、いよいよ本気になったという事か。
頷いて、続いて俺も椅子を立った。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    気になる!気になる!
    叔母さまの残り半分の計略?
    私は誰を応援すれば良いのかな(笑)
    私事ですが…
    今日は孫の保育園の運動会でした。
    孫のクラスを
    応援してきました~(^-^)

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    テマンは本当に違う意味でイヤなんだろうね…表現に困りますが読んでるとそう感じる…ウンスの何気ない民の力量に関する一言…自分達の実は知らない強者がいるのかも知れない。ただね…強者もそうだけど景品がウンスともしかしたら自分が大護軍とガチ対決…みんな景品がウンスとガチ大護軍との対決でどうしようとソワソワ(((((((・・;)ありがとうございますm(__)m

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