2016 再開祭 | 釣月耕雲・拾柒

 

 

昨夜の品々を手分けして運び、ウンスとチャンイが女人の丁寧さで美しい棚へと飾る最中。
たっぷりと朝陽の入る店内で、牽制し合う二つの目と目。

チェ・ヨンは無言のままで目を伏せて、壁に凭れる。
チャン・ビンは腕を組み、少し離れ二人を俯瞰する。

入れ替わりに兵舎へ戻るトクマンはヨンに向かい
「昨夜は変わった事もなく、静かなものでした」
深く頭を下げ、静かに火花を散らすトルベとヨニョルを不安げにちらりと確かめてから、そそくさと店を出る。

トクマンが消え妙に静まり返った店の中、ヨニョルが口火を切る。
「遊んでるよね、兄さん」
「俺はお前の兄貴じゃない」
「幾度か見かけた顔だ。そこらの妓楼やら、酒幕やら」
「俺は全く覚えてないな」
「・・・ふうん」

自分より僅かに丈高いトルベの目前。
二歩下るとその頭から爪先まで品定めし、ヨニョルは突然ヨンへ満面の笑みを浮かべた。
「あんたの言う通りだ」

突然水を向けられ、伏せていたヨンの視線が上がる。
「何だ」
「本当に気が合いそうだよ、こっちの兄さんとは」
「兄さんじゃないと言ってるだろう!」
「固い事言うなよ、兄さん」
「何なんだよお前は!」

馴れ馴れしく自分の肩に回されたヨニョルの腕を振り払おうと、長い腕を振りながらトルベが叫ぶ。
「だって俺より年上だろ。何しろあそこの二人はさあ」
ヨニョルはトルベの冷たい仕打ちも意に関せぬ風に、その長い腕を器用に避けながら笑い掛ける。

「どっちも顔は良いくせに妙に頭が固いし、同じ女人を追っかけてるみたいだし」
「にょ、女人って、お前馬鹿か!」
「兄さん知らないのかよ。あのおっかない人の部下なんだろ。あの人が追っかけ、てっ!!」

小さな鈍い音が響き、ヨニョルは頭を押さえる。
ヨンは屈めていた腰を伸ばし、拾い上げた小石を挟んだ指先を敢えて振って見せる。
「次は顔だ」
「顔は勘弁してくれよ、商売道具だぞ!!今日が最後の日だろう」
「大切なら」

凭れた壁から離れると、擦れ違いざまヨニョルの肩に大きな掌を置く。
その指に力を籠めた所為で、ヨニョルの上衣の肩に幾本もの皺が浮く。
「口は閉じろ」

漸く指の力を抜くと、ヨンは品を並べ続けるウンスとチャンイに歩み寄る。

「なあ、若いの」
「・・・ヨニョルだよ」
ヨンの石礫の当たった頭も、強く握られた肩も痛い。
何処から擦って良いか判らないまま、ヨニョルが名乗る。

「そうか。ヨニョル」
ヨンの背を見ながら、いつの間にかトルベの方がヨニョルの肩を抱く。
「俺の隊長と付き合いたいなら、一つだけ教えておいてやる」
「何だよ」
「黙るんだ。黙って肚の中だけ読め。読めたと思っても口にするな。
あの人が考える事は、いつもそれよりずっとでかいからな」
「成程ね」

肩を抱かれたままで、ヨニョルがトルベの声に頷く。
「ところで」
「何だよ兄さん」
「あの黒い髪の女人は誰だ。豪い美女だが」

チャンイを眺めるトルベの視線にヨニョルは頷き
「そう来なくちゃな。紹介するよ」

無邪気な男二人の弾むような足取りを眺め、一人残るチャン・ビンは無言で首を左右へ振った。

 

*****

 

「あらトルベ!」
「厭だ、何でここにいるのよ。お役目はどうしたの」
「おお来たか。寄ってけよ、今日で最後だぞ」

その客寄せの腕を誉めそやすか。

「トルベオラボニ!」
「最近全然顔を見せないじゃない、淋しいわ」
「睨むなよ。咽喉乾いたろ、何か飲んでくか」

その浮かれた姿を殴り倒すか。

「あれは凄い。噂以上だ。どうせならあそこまでになりたいね」
ヨニョルの手放しの熱讃の声に至っては呆れ返り、ヨンは前二日にも増して賑やかな店内を見渡す。

「静かに黙って、大人しく並べって」
「良い女が糸瓜水で睨みあうな。綺麗な顔が台無しだぞ」
「後で寄るから、今日は此処で茶を飲んでけ」
「長居するな、飲んだらすぐ出ろよ」

女人にかけては労を惜しまぬと聞いてはいた。
長い付き合いでそんな場面を目にしてもいた。
しかし思わなかった。こんな処で役に立つと。

三日間で最も混み合う店内は、トルベの誘導で何事もなく客が流れていく。
糸瓜水の売り場も、茶店も。

店中を歩き回り、声が掛かる前に走って行って金を受け取り。
次々注文を捌き飲み物を運び、判らぬ事は側の誰かに確かめ。
女人と一言でも声を交わす機会を無駄にする気は無いらしい。

しかし何故かウンスからは必ず距離を置き、決して必要以上には側に寄ろうとはしない。
それどころか必要に迫られぬ限り、声すらも掛けない。
「今日は楽ねー、あなたの連れて来てくれた迂達赤さんのおかげで」

ウンスはトルベの立ち働く姿を眺め、満足そうに頷いた。
「・・・天職かと」

槍も女人も自在に操るなら喰うには困るまい。
ヨンはそんなトルベの姿を眺める余裕がある。
今日これ程穏やかにウンスと声を交わせるのは、その働きの賜物だ。

昨日までの正に戦場のような、嵐のような忙中では、碌々声も掛ける暇もなかった。
まして礼を尽くしウンスから距離を置いているトルベに、心配の種は全く見当たらない。
ヨンは其処へウンスを置いて、また一組の接客を終えた男へ寄る。
「トルベ」
「はい隊長!」
「まさか」
「まさか、何ですか」

店先に列を成し案内を待つ客を、ヨンの眸が示す。
「並ぶ客、全員と知り合いか」
「隊長、全員なんていくら俺でも!」

トルベは豪気に笑い飛ばすと首を振った。
「せいぜい半分ちょっとってとこですよ。知らない顔だってあります。
第一知り合いじゃなく新たな女人との出会いが無いと、店に立つ意味が」
「半分で充分だよ、兄さん」

店の中、擦れ違ったヨニョルが誇らしそうにトルベを眺める。
「残りの半分は俺が頂こうか」
「甘いんだ、お前は」

ヨニョルの挑発に、トルベが余裕の笑みを返す。
「良いか。どれ程浮かれた女も心底惚れるのは大勢の中の一人じゃない、自分だけだと思わせる男だ」
「判った」
「俺の隊長を見てみろ。あんな良い男が出て来たらどんな女も靡くだろう。
それはな、顔だけじゃない。女は見抜くんだ。あの無口な一途さに」

お前、今何を言った。
いや。お前、俺の何を知っている。
「・・・トルベ」

いや。耐える。客前だ。
蹴り飛ばす為に上がりそうな脚を我慢して踏み止め、ヨンが低く唸った。

 

 

 

 

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