2016 再開祭 | 釣月耕雲・玖

 

 

既に夏の風の吹く往来。

チェ・ヨンと縁を結んだヨニョルとは違う。
何処の誰とも判らぬ女を、王のいる皇宮の中に招く事は出来ぬ。
ヨンが頑として拒んだ所為で、ウンスと昨夜の女人の初顔合わせは開京城下で行われた。

待ち合わせ場所は祭の間中、仮の市と決められた一角に宛がわれたウンスの出す店の前。
ヨニョルに伴われ、夏の陽射しの下に昨夜の女が現れた。

月の下で見るより陽の下で見る方が美しい女は珍しいと、ヨニョルは女に向け言葉の限りに誉めそやす。
褒め声が往来を抜け、風に乗って店先まで充分に届く。

さすが商人、口八丁は得意らしい。
その様子を眺めているのは既に待っていたウンスとチャン・ビン、そしてヨンの三人だった。
「なあ、綺麗だと思うだろう。昨夜よりずっと」

店頭に立つ三人を見つけたヨニョルに同意を求められ、ヨンもチャン・ビンも答えようが無い。
そもそも昨夜の薄明りの頼りない月の許、一度顔を見たきりだ。

「確かに。こんなにキレイな人、どこで見つけたの?」
ウンスだけが同意するように満足気に大きく笑んで、チャン・ビンとヨニョルを順に見上げた。
「もしかして先生かヨニョルさん、どっちかの恋人?」

からかうような明るいウンスの声に、二人の男が首を振る。
「そうなの?」
「初めまして。チャンイと申します」
ウンスの軽口にも動じず、名乗った女は淑やかに頭を下げた。

「チャンイさん、初めまして。ウンスです。いくつ?私より若そう。お肌のコンディションもいいわね。
つるつる。コスメを販売する側は、やっぱりキレイでないと。何か特別なメイク・・・お化粧とかしてる?
それともステキな恋愛中とか?」

何から答えて良いか惑うようなチャンイの目が、何故かヨンをじっと見詰める。
誰もがその視線の行先に驚いたが、誰より驚いたのは当のヨンだった。

ウンスもその視線に不自然さを感じたのか、急に固い表情になると
「あ、もしかして」
途端に不機嫌な茶色い瞳で、ヨンをじっと睨みつける。
「チェ・ヨンさんの”お友達”だったりして?」

お友達、という所に妙に力を込めたウンスの声に、ヨンは無言で首を振る。
唯でさえ腹が立っているところに、そんな濡れ衣まで着せられてたまるか。
その無言の眸が不満げに物語っている。

「まあ、そういうことにしときましょ。じゃあチャンイさん、それに先生もヨニョルさんも。お店の事なんだけど」
「・・・私は後で伺います。品物や茶の数も添え物の菓子も、まだまだ話を詰めるべき処が多いかと」

完全にヨンを無視して話を進めようとするウンスを制するよう、チャン・ビンが静かにその輪から抜ける。
ウンスは肩を竦めたが止める事もなく、ヨニョルとチャンイを伴って伽藍洞の店内へと入る。

ここに仕切り代わりに棚を作って、化粧品を置くの。こっちにお茶を飲むスペース。
これだけ日当たりが良いから、軒下にオープンカフェみたいに、テーブルを出しても良いかもね。

そんな愉し気なウンスの声だけが、店外の往来に佇むヨン達の耳にまで届く。
どうにか慣れて来た自分たちですら、言葉の意味が半分も判らない。
初めてのヨニョルやチャンイでは、碧瀾渡の大食国の言葉を聞くような心持ちだろう。

聞き役に徹するヨニョルとチャンイの顔が目に浮かぶようだと、往来の男二人は呆れた目を交わす。

「隊長」
「何だ」
「あの女人を、本当に御存知ないのですか」
「ああ」

チャン・ビンに問い質されるまでも無く、昨夜からヨン自身が考えていた。
何処かで擦れ違ったか。何か関わりは無かったか。
あの頃、何も思い出せぬ深く真暗な闇の中。
前後不覚に浴びるよう呑んだ勢いで摘んだ一夜の花か。
若しくは己の斬った、知らぬ誰かの大切な者か。

敵意や恨みは全く感じない。昨夜からそうだと思い返す。
では誰だ。何故チャンイは物言いたげな眼で此方を見る。

「じゃあ3日後ね。楽しみにしてる。頑張ってお祭りの間、一番売り上げるお店にしましょ!!
みんながいれば、きっとバッチリだと思う」

そんな底抜けに楽天的な声が近付いてくる。
相変わらず一方的に話すのはウンスだけで、他の二人の声は聞こえて来ない。

「遅刻は厳禁。仕事は全力。私のポリシーよ。3日後にまたね!」
天界語で捲し立てると頭を下げたチャンイと小さく頷いたヨニョルに手を振って、ウンスは往来を弾むように歩き出す。
ヨンは周囲を確かめるよう素早く左右に目を走らせた後、ウンスから一歩半離れ、守るように脇を固めた。

これでまた一つ済んだ。そう言い聞かせ心を宥める。
こうして一つ一つこの我儘な天界の女人の望みを叶える。
そして一日も早くあの天門から帰す。
その背を突き飛ばしても、次は必ず返す。

その声をこれ以上聞かずに済むように。
その笑顔をこれ以上見ずに済むように。

横を守れば風に漂ってくる、夏の開京のどの花とも違う鮮やかに懐かしい花の香を、三歩の距離で二度と感じず済むように。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    ウンスさん 絶好調!
    看板娘も 決まったし
    あとは 準備をつつがなく…
    チャンイは 侍医がタイプなの??
    って言うか 知ってる人?
    もやっとヨン ウンスは テジャンだから
    (๑⊙ლ⊙)ぷ

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    ウンスさん誤解してますね(^-^;
    祭りの最中にヨンと喧嘩に
    成らなければ良いけど…
    破天荒なウンスだから
    心配ですわ(^_^;)

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