2016 再開祭 | 桃李成蹊・13

 

 

「あなたの写真を見て、悔しかった。俺はあんな写真を撮れる自信ない。
あなたが背中だけであんなにフォトジェニックなのが悔しい。
俺は背中だけ撮られた事なんてない、パパラッチの写真以外では。
そしてその写真では、いつも隠れてるみたいに背中を丸めてるのがもっと悔しい」

昏い窓越しにすら目を逸らし、奴は言い難そうに一息に言った。

「立場の違いだ」
「立場?」
「お前は唯一無二だとある男が言った。だから俺は要らぬとな。
お前が主君だ。この世の王はお前だ。俺はそれで良い」
「ヨンさん」
「主君を守るのが臣下の役目だ。必要なら命も懸ける」
「あなたは、俺の家来じゃない!!」

烈しくなりそうな声を呑み、息を整えると抑えた声で奴は続けた。

「俺は家来なんていらない。主君なんてなりたいわけじゃない。
ただ好きな仕事をして、好きな人たちと一緒にいたいだけなんです。
でもそれを許されるには、トップでい続けなきゃいけない。そうじゃなきゃ、周りの大切な人たちを守れない」

ああ、同じ事を聞いた事がある。
あの時だ。王様がおっしゃった。

王だと思わず、弟だと思って話して下さい。

自信は無く時に揺らぎながら、それでも己の足で立とうとする男。
たとえどれ程に恐ろしくとも、その足で一歩前へ進もうと挑む男。

だからこそ護らねばと思う。この男に何の借りがある訳では無い。
あの時とて王様に借りがあったわけでは無い。ただ逃げたかった。
そして逃げる機会を逸し、俺には迂達赤隊長の役目が残っていた。

今とて同じだ。天界から高麗へ帰る機会を逸している。
そして他ならぬあの方が、この男を助けたがっている。
天門が開くとおっしゃった六週、そうしたいと云うなら仕方無い。

王様がご自身を追い詰めるような、この男が心を張り詰めるような、そんな悲壮な覚悟は微塵も無い。
ただあの方を護りたい。望む事総て力の及ぶ限り叶えたい。
全てが慾で出来ている。ただその笑顔を独占したいが為の。

「とれーにんぐとは、何をする」
「え?」
「明日からするのだろう」
「あ、ああ・・・基本的にはジムでのマシンとランニング、あとは柔軟と格闘系の基礎トレです。
内容は徐々に変わってくと思います」

ましんだのらんにんぐだの。
判って当然と言う面で言い放たれれば、此方にも面目がある。
判らぬと今更言うわけにはいかん。
「成程」
「送り迎えはチーフマネージャー、ヨンさんに迷惑かけたあの男が。
ジムに行けばトレーナーが付くので、全部指示があります。
今回は風邪ひいたって伝えてたので、明日行っても疑われはしないと思う」

つまり全てが人任せという事だ。一つだけ気掛かりは。

「ミンホ」
「はい」
「そこで肌を曝す事はあるか」
「肌、ですか?裸になるかって事ですか?」
「ああ」

俺とこ奴との一番の違い。
腹に残る傷跡が他者の目に触れれば、如何に他が瓜二つであっても誤魔化しようが無い。
逆に余りにも似ているからこそ、唯一の違いがこいつの命取りにならぬとも限らん。

「いえ、脱ぐのは自由だと思うし貸切ですけど・・・俺は脱がないな」
「曝す事は無いんだな」
重ねた問いに不得要領な顔でミンホが頷く。
「これがある」

そう言って身に着けた上衣を指先で僅かに捲り、あの腹の傷を見せる。
奴は驚いたように目を瞠り、そして次に俺の顔を見た。
「ヨンさん・・・」

幾度か瞬きを繰り返し、当たり障りない言葉を探したか。
「・・・めちゃくちゃいい腹筋してますね」

続いた男の言葉に毒気を抜かれ、俺は無言で首を振った。

 

*****

 

「ねえ、ミノ君」

とれーなーという男が驚いたように目を瞠り、鉄の機械の椅子の横から寝転ぶ俺を見下ろす。
俺の両腕には錘をつけた鉄の棒。身構える為に急に離す訳にもいかん。

誰であろうと両手の塞がったままで見下ろされるのは性に合わん。
最後にその鉄の錘棒を持ち上げ台へ戻すと、そのまま立ち上がる。
「何・・・ですか」

奴の喋り方ならこうだ。吐き捨てるように不愛想な声は吐かん。
頭であの喋り方を繰り返しつつ言ってみる。
「風邪って聞いて心配してたんけど、調子良さそうだね?そのウエイト、いつもより重い奴だよ?」
「・・・ああ・・・そう、ですか」

台に掛かった錘をちらりと確かめ舌を打つ。
これほど持ち易く作られた錘棒を使って、奴は普段どんな鍛錬をしているのか。
「あんまり筋肉付け過ぎてもまずいんでしょ?次はシットアップとアブドミナル行こうか」

彼方此方に貼られた鏡、全てに映る己の姿に眩暈がする。
次はどの程度手を抜けば良いのか。
首を捻りその男に従いて、林立する鉄柱と鏡の中を移動する。

 

「お疲れ!」
薄暗い車停め、車に戻る俺を見つけ真黒い窓を張った扉が開く。
「あ、いや、お疲れさまです!」

其処から飛び出した、あの日俺を攫った男の声に首を振り、開かれた扉から鉄の馬車の中へ乗り込む。
何もかもだ。何もかも全てが性に合わん。
近づくだけで誰かの手で引かれる扉。欲する前に常に先に差し出される水。
自分で駆る事もないままに移動する、牽く馬もない鉄の馬車。

それでも出迎えて下されば微笑める筈の、あの瞳すら其処に無い。
無性に込み上げる淋しさに、黒く冷たく外を隔てる窓へ額をつける。

生まれたての赤子でもあるまいに、知らぬ世で数刻離れただけで。
それなのにただ逢いたくて。己の声で話したくて。

本当の俺を知るこの世で唯一の方の前、心を全て曝け出したくて。

 

 

 

 

4 件のコメント

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    ヨンも、ミノくんも
    何かを背負ってる。
    大事な人を 守りたいってところは
    共通ね。
    トレーニング…なんてことない。
    それより ミノくんに
    なりきらなきゃならないのが 問題ねー。
    ただでさえ 慣れない環境なのに
    ウンスが側に居ないし…
    はやく 会いたいねε-(•́ω•̀๑)

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    無理だな…
    お疲れ様
    ~お疲れ様です に言い直してしまうほど…視線と仕草で上下関係が成り立つ
    この人は… このおひとは自分達が傍にいて成り立つも出はないと…否応なしにわかる。(-""-;)
    長くは…もたないかも(*・・)σ…。(-""-;)

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    ミノの「・・・めちゃくちゃいい腹筋してますね」に、そこですかぁ?と
    突っ込み入れたくなります(笑)
    ヨンが「ミンホ」って呼ぶのが
    何だか不思議な気持ちにさせられますね(^^)
    とにもかくにも、ヨン頑張れ~❤

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    一流…
    朝の慌ただしさの中でコメントをさせて頂いた。
    言葉足らずだったかと、凄く反省して下りました。
    現代でトップに立つ彼の周りは…本質を見極め本質見抜く、超一流の人達
    彼が…正直に自分自身から目を剃らさない姿を見抜けない筈がない。
    迷い…足掻き…それでも目線を上げ立ち向かいあがらう姿…輝く者 一流の者達は手を伸ばし引き上げる
    助けたい!と思う。
    身近にいる者達ならば尚更に…(;¬_¬)
    何時も行動を共にしている者ならば否応もなしに感じる。
    だから判る。判ってしまう!
    姿…形が いくら似ていようと。
    似て非なる者…(>_<")
    駄目だ…(>_<")
    駄目だな…。(-""-;)
    時間の問題だ…(>_<")。
    輝きに魅せられ惹き付ける者と
    魅せられたとしても、従い敬う事に重きを置かなければ為らない者
    否応なしに、理屈無しに何が駄目とは直ぐには言えず駄目だ…持たないと。
    一流を見続けた者達だから判る。
    彼等の心が…言葉使いで
    見えるようです。(⌒‐⌒)
    さらんさんは…本当に凄い!
    さらんさんが綴って下さる物語は、
    描かれいる人達の心の動きが…些細な描写や語られた言葉に込められていて、物語に…くんって…引っ張っられて感情移入しやすいんです(^-^)
    さらんさん……感謝です。
    あの日…あの時…あの驚愕
    あの絶望…あの悲しさ。
    お姿が見えなくなった日の事…忘れてません。
    哭いていませんか?
    心に重き重石が乗ってしまいましたか?
    伝えしまった言葉がお心に刺さってしまいましたか?
    物語よりも、貴女様が笑顔でいて下さる方が嬉しいです。(⌒‐⌒)

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