2016 再開祭 | 佳節・拾玖

 

 

「いきなり消えて驚きましたよ」
「飯、まだ全然食ってないでしょう」
「酒もたくさんありますから、来て下さい」
「旦那が来なきゃ駄目だろ」
「一緒に呑みましょう!」

地に落とした砂糖に群がる蟻か、お前らは。
駆け寄る奴らの姿を睨み、怒鳴り声を咽喉元で抑え、奥歯を噛み締める。
酔い声の重なる後ろ。
申し訳なさそうな顔でしきりに目配せをするタウンの衣の端が見え隠れする。

女人の身一つでこれ程大勢の酔客を止められる訳も無い。
眸の前の男達に呆れた視線を投げた刹那。
「馬鹿共が!」

闇からの鋭い一喝に、背に庇うこの方が石の上から腰を上げる。
酔客の中で押し潰されそうなタウンが逸早く振り向き、続いて男らが慌てて頭を下げる。
「隊長!」

タウンが声の主の許へ駆け寄り、嬉し気に呼ぶ。
「チェ尚宮様」
「ええい、散れ!酔払いが鬱陶しい!」
「でも、大護軍が」

酔いの勢いで反論を試みたトクマンが、叔母上のひと睨みで息を呑む。
「大護軍が、何だ」
「な、何でもありません、チェ尚宮様」
「そうだな」

酔いが一気に醒めたかのように、男らは背を伸ばし叔母上に頭を下げ直すと河原を戻って行く。
そんな奴らの背を送りそれが闇に呑まれた後で、叔母上が冷たい視線で此方を見遣った。

「ヨンア」
「おう」
「お前も何処まで愚かだ。宴の途中で抜ければこうなる事は判ろうに」
「まあな」
「判ったなら戻れ。恋女房と二人になりたくばさっさと切り上げて、宅に戻って思う存分二人きりになれ」
「そうする」

後ろ手にこの方の指を握り締め、もう片方の手に燈した蝋燭を持ち、その歩を導くようゆっくりと薄闇を進む。
「お前な・・・」

手にした灯の中、浮かぶ叔母上が唖然とした表情で俺を見る。
「恥じらいはないのか。のうのうと」

その声に横を見れば珍しくこの方が頬を赤くし、手に握る花の束で顔を隠すように俯いている。
恥じる事など今宵は何も無い。 元々は二人きりで祝う筈の宴だ。
突然の闖入者達に気を配るにも限度がある。

「酒も飯もある。王妃媽媽からの下賜の御膳もな」
「ああ、聞き及んでおる。出掛けに王妃媽媽と王様からも祝いの御声を頂いている」
「好きなだけ飲み食いしてくれ」
「お前たちはどうする」
「雲隠れは出来ん」
「まだ多少は、頭が働いておるらしいな」
「どうかな」
「ちょ、ちょっとヨンア」

叔母上との軽口の遣り取りに、この方が慌てて口を挟む。
「奴らも充分呑んだ頃です」
「だからって!」

高くなった声に笑い返し、指先を握り合ったまま叔母上の横を過ぎ、奴らの方へ向かう。
その後から同じく戻る、叔母上とタウンの沓が河原の石を踏む音が続く。

亀の甲より年の劫、叔母上の言葉に無駄は無い。言う通りだ。
存分に二人になるなら、一晩中あの言の葉を聞かせてくれとねだるなら、さっさと切り上げる。

「まさか・・・言わないわよね?」
あなたは焦ったように眸を見上げ確かめる。
「言わないわよね?さっさと帰れとか、もう終わりだとか」
「どうでしょう」
「強引にお開きにしたりしないわよね?みんなあなたと一緒にいたくて来てくれたのに」
「そうとも限りません」
「そうだってば!だから集まってくれたのよ?なのに無理に帰すのは」
「呑みたいだけでは」
「ヨンアー」
「はい」
「お願いだから、もうちょっとみんなに付き合ってよ。ね?」

そうして奴らを慮るのは逆効果だ。
あなたが庇えば庇う程、腹立たしくて仕方無い。

「傍から離れず」
「離れたりしないわよ!」
「誰とも話さず」
「叔母様とも?タウンさんとも、マンボ姐さんとも?」

男とに決まっているだろうと苛る心を宥めつつ、無言で太く息を吐く。
疑う訳ではなくとも、酔って見境無く騒ぐ男らの側には寄せたくない。

「ちょっと、信じられない!私の旦那様がそんなに心の狭い人だったなんて!
姐さんは金の鎖を用意してくれたんでしょ?タウンさんは一緒にお料理を作ってくれたのよ?
叔母様だって忙しい中、わざわざここまで来て下さったのに!!」

どうやら本気にしたらしい。そんな訳など無かろうに。
叔母上やマンボやタウンなら、いくらでも話せば良い。

普段は此方の顔色など気にする風も無い癖に。
この方がやけに素直に鵜呑みにするのが愛おしく、黙したままで瞳を見詰め返す。
「なあに?」
「・・・いえ」
「何よ、ちゃんと言ってくれなきゃ分かんない」
「考えて下さい」
「考えても分かんないんだってば!」
「考える前から諦めず」
「・・・ヨンア」

じゃれ合いの最中、背後から冷たい声が響く。
「奴らの前では、絶対に見せるなよ」
「何を」

振り向いた瞬間、この頭に叔母上の速手が見舞われた。
「隊長」
「ヨンア!」
この方とタウンの声が重なる。
片手にこの方、片手に蝋燭。
庇う隙もあらばこそ、思い切り頭を張られる。

「そのにやけ面をだ、浮かれおって!」
「お、叔母様」
「・・・ウンスさまも、お腹がお空きでしょう。先に行って大護軍をお待ちしませんか」
「え。だってタウンさん」

タウンは何を察したか。
叔母上に目礼し、指先からこの方を掠め取るよう奪うと有無を言わさず歩き出す。
蝋燭の灯の中タウンに連れられ、あの方が振り返りながら遠くなる。

「少し話すか」

遠ざかる背を眸で追う俺に斟酌する様子もなく、叔母上の低い声が川音に紛れて届く。

 

 

 

 

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