2016 再開祭 | 紙婚式・玖

 

 

秋の昼間、見渡す限りススキの広がる草原で、馬を並べたあなたに声をかける。
「ねえヨンア、この道」

行先も教えられずに朝早く出発した。結婚1周年の旅行。
走り続ける馬の上から周りを見回して、思い出し始めた景色。
「この道、もしかして」
「慣れて来ましたね」

あなたはそう言いながら、私と同じように景色を見回した。
「前回より速い」
「この道、もしかして巴巽村?」

最初の頃はただあなたについて行くだけで、周りの景色は山も川も同じように見えていたけど。
それでも今の草原から見る山の形。草の向こうに見え隠れする川。
「巴巽村に行くの?!」

秋の風に波打つ草原を見渡して、足元の草を食べるチュホンの背にまたがって、風に揺れる髪を払いながらあなたは気持ち良さそうに深呼吸して言う。
「王命故」
「王命?王様から?」

何それ?媽媽からそんなこと、一言も伺ってないのに。
私の不思議そうな声に頷きながら、あなたは風に乱れた黒い髪のすき間から、優しい瞳でこっちを見て思わせぶりに笑った。

 

*****

 

「休暇とな、大護軍」

ご拝謁を申し出た俺の前。
王様は康安殿の玉座で微笑みを浮かべ、此方をご覧になった。

「は」
「火急の用か」
「いえ」
王様は片肘を玉座の肘掛に預け、其処にゆるりと凭れると
「直に婚儀から一年であろう。何か祝いを送ろうと思うてここの処、暫し考えておったが」

そうおっしゃり、御口端を愉快そうに歪められた。
「それがこの休暇の申出の理由ならば、余計な配慮だったのかも知れぬな」
「臣下に御配慮など」
「成程、では友への配慮としよう。それにしても」
「は」
「無論、医仙と共に出るのであろうな」

如何答えろとおっしゃるのだ。既に返答を御存知の御下問に。
「大護軍」
無言の俺に向け、王様の御声だけが続く。
「・・・は」
「行先は」
「巴巽村に」
「巴巽村」
「は」

あの時の言葉に嘘はなかろう。細い針。硝子瓶。
確かにそれらは、あの方の治療に役立つ品の筈だ。
巴巽の鍛冶ならば信頼して任せられる。

硝子にしても溶かすには、恐ろしい熱が必要になる。
鉄をも溶かす窯ならば、硝子を溶かす事も出来よう。
頑迷な鍛冶が、鍛冶屋で硝子を取り扱うのを承諾すればの話だが。
説得の為にも妙に気に入られているあの方を同行すれば話は早い。

第一必要な針の細さも硝子瓶も、あの方以外に知る者は居らん。
その形も細さも本数も、その他に何が必要なのかも。
既に準備した紙製の贈り物。そして針と硝子瓶。

あの方が出来る限り自由に、悔いなく力を尽くし、患者を診る為に。
天の医術で一つでも多くの命が救われ、愛する者と共に過ごせるように。
それが俺のあの方の倖せであり同時に王様の御心を易くするならば、迷う事はない。
康安殿の長卓、椅子の上で玉座の王様へと顔を向け
「医仙が、針と硝子瓶を所望しております」

隠しておく理由もないと、王様へ短くお伝えする。
「故に巴巽に頼みに」
「鍛冶が開京に出て来てくれれば、そなたも馬を駆る距離が短くて済むのだがな・・・いや」
王様は考え深げにおっしゃった後、何故か突然可笑しそうに笑みを浮かべられる。

「それではそなたの名分がなくなるか。開京の雑音から逃れ、医仙と水入らずで出掛けるからこそ楽しかろうに」
「某は」

そんな事が理由で、鍛冶を巴巽に残している訳ではない。
訂正しようと上げた声に、竜顔の笑みは深まった。
「冗談だ。判っておる。鍛冶が動こうとせぬのだろう」
「・・・は」
「此度は宜しく伝えて欲しい。今後も巴巽の武器、鉄打ちの秘法は高麗にとって大きな強味となる。
気長に移転の説得を続けてくれ」
「は」
「休暇ではなく寡人の名代として訪うように。王命である。
医仙の必要な物を全て入手するまで、二人とも戻るでない」
「・・・畏まりました」

休暇ではなく、王命。
日を区切らず少しでも長く外に出したいと思って頂くのは嬉しい。
しかし私用で出る度に王命という名分を付けるのは如何なものか。
王命をそれ程安易に発してはなりませぬと御諫めし、いつもならば固辞する処だが。

あの方の欲する物。針、そして硝子瓶。開京で手に入らぬ以上巴巽で入手する他にない。
それを拵え備えておけば、助かる命が増えるのは確かだ。

婚儀の記念の日くらいは、余計な事に煩わされたくない。
あの方の事だけを考えていたい。
何を贈れば喜ぶのか。何をすれば楽しんで下さるのか。

無駄な抵抗を試みず素直に頷いた俺に、王様は御満足そうな御顔で鷹揚に頷かれた。

 

*****

 

何を思い出してるんだろう。風に吹かれながら私を見る優しい視線は変わらない。
「ヨンア?」
「はい」
「巴巽村に行けるの?」
「ええ」
「もしかして、私があれこれ欲しいって言ったから?」
「・・・王命です」

何故か嬉しそうに低い声で言うと、
「参りましょう。日暮れ前には到着を」
あなたはチュホンの手綱をひいて顔を上げさせて、脇腹に軽くかかとを当てる。
チュホンはおとなしく、秋色の広い草原を軽い足取りで進み始めた。

 

 

 

 

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