2016再開祭 | Advent Calendar・1

 

 

お前の記憶は前触れもなく、こうやって脳内に浮かび上がる。
お前の声が脈絡もなく、町で突然リアルに聞こえるみたいに。
思い出したら止まらないから、感情に身を任せる事になる。

あの時言ったな、一緒に初めて行ったおでん屋で。
民俗居酒屋が好きだ、メニューが杓文字に書かれたみたいな店が好きだって。

俺は、お前を連れて行ってやったっけ?

思い出せない。酒のせいなのか、それとも脳の防衛本能の働きか。お前の事を忘れたくないのに、なのに思い出せないんだ。
甘い声や、柔らかい髪や、明るい色の瞳や、最後の明け方に俺を呼んでくれた寝顔の白い頬の線。
こんなに思い出せるのに。最後まで記憶に留めておきたいのに。

なのにそのバラバラのパーツを組み立てようとすると、まるで砂が指の隙間から零れるように逃げていく。
遠くなって、そして消えてしまうみたいで、それが怖いんだ。

ああ、俺は酔っている。今夜のアルコールは暴力的な程強烈だ。
それとも町の雰囲気が、妙に感傷的にさせるのか。
テーブルに肘を突こうとして、着地の目測を誤った肘はテーブルの縁に思い切り当たり、掌に預けてた頭ごと俺はつんのめった。
そんな様子を呆れたように眺め、先輩はクリスマス音楽の似合わない居酒屋のテーブルの横、無理に季節感を演出するポケットの付いたカレンダーを、酔いでふらつく指で示す。

「見ろ、カレンダーだってこうやって日めくりで進んでくんだぞ。めくれよ、判るかテウ。人間なら進めよ、カレンダー如きに負けてんじゃねえ!」
「はい」

先輩、それはそうですよ。そのカレンダーは、クリスマスまでのカウントダウンなんだから。
捲った最後に最大の楽しさが待ってるって知ってれば、誰だって捲りますよ。
そう言いたいが、黙って頷くだけにしておく。

アメリカに移住した初めてのクリスマスに、母親が買ってくれた。
クリスマスツリーの形の、紙製のアドヴェントカレンダーだった。
紙で出来たカレンダーの小さな扉を1つ開けるたびに、中から出て来る菓子やおもちゃ。
それが楽しくて、嬉しくて、一度に2枚開けたら怒られた。

一度に2つ開けちゃいけないの。1日に開けていいのは1つよ。
そうじゃないと、楽しいクリスマスが来ないの。判る?テウ?

だけど扉だって開けるさ、1つどころか2つでも3つでも10でも。心から泣けるほど愛する相手が、その先にいると知ってるなら。
あの時お前が開けたみたいに。迷いなく飛び込んだみたいに。
そして残された俺はどうしようか。小さな扉を開けてもその中に楽しいおもちゃも菓子も、もう何もないのに。
いつまで捲り続ければ良いか判らないアドヴェントカレンダーを目の前に、酔っ払いは居酒屋の片隅で途方に暮れる。

「テウ」
「・・・何ですか、先輩」
「お前今、忙しいか?」
「まあぼちぼち」
「年末だからな。って救世軍かよ」
「ああ、赤い鍋の前でベル振ってる人ですっけ」
「頭の良い奴のセリフとは思えないな」
「だって俺達の仕事に、季節って関係ないでしょう」
「真面目な話だから、ちょっと聞け」

確かにそうらしい。
酔いでふらふらしていた先輩の声に芯が通ったのを感じると同時に、脳の回路にスウィッチが入る。
「何ですか」
「忙しいなら良いんだ。だけど、それ程でもないなら」

国情院の仕事に季節も朝昼晩もない。 現場の警察官とは違う。
年末年始の町に増える酔っ払いの喧嘩や、スリや置き引きに左右される事はない。
長期で休みたければ抱えてる案件を、どうにか前倒しで片づける。
基本は立派な公務員なんだがと、心の中で愚痴りながら。

あいつが消えて以来、仕事だけに没入して来た。
他にやる事もなかったし、やりたい事も行きたい場所もなかったし、探すつもりもなかったし、探しても無駄足だと判っていたから。

ビデオの崔 瑩を探した時の二の舞だけは御免だと思った。
見当外れの場所を見当違いに探しても、結局は徒労に終わると判っていた。
あいつが本当に帰れたのなら、もう戻って来るわけはない。

ポケットに取り残された指輪の事を考えなくても良いように。
現実逃避だと判っていながら、とことん逃避してやろうと思った。
そうやって無我夢中・・・というよりヤケになって仕事をした挙句、同僚の仕事まで手伝っていたから、年末の俺のスケジュールにはかなりの余裕が出来ていた。

「時間は作ります。作れると思います。何ですか」
三度目に俺が訊くと、先輩はやっと口を開いた。
「ちょっと、助けてほしい事がある」
「良いですよ」

即断即決だ。先輩の頼みを断る訳がない。俺には借りがある。
先輩が見逃してくれなかったら、あいつはあの時駆け出せなかったかもしれない。
それにそうでも言わないと話が膠着している。
俺の許諾を得るまで、先輩は次の言葉を言わなそうだから。

案の定、俺が頷くとすぐに先輩はほっとしたように話し始めた。
「年末年始、もれなく可愛い女性付き。乗るか?」
「・・・他の条件によります。ソゲッティングは」
「ああ、期待してるところを悪いが、そういう艶っぽい話じゃない」

顔の前で大きく手を振りながら、先輩はテーブルの向こうから身を乗り出して俺に顔を近づけた。

「目撃者を一人、預かってほしい」
「目撃者、何の」
「内情はお前の方が詳しいと思うんだが」
「先輩」
酔いも手伝ってさすがに少しばかり参って来る。普段ならこんな風に持って回った言い回しをする人じゃない。
何故核心に踏み込まないんだ。一体何が邪魔しているんだ。

少しばかり荒くなった俺の語尾を敏感に捉えた先輩は、覚悟を決めたように声を落として殆ど囁き声で呟いた。

「青瓦台の総務秘書官室所属、契約職だった元社員」

 

 

 

 

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