「イムジャ」
「なあに?」
「嫉妬されますか」
「はい?」
「心配になりますか」
「・・・当たり前じゃない。いつだってそうよ。いくら何でも大人げないから隠してるけど」
あなたの声に出来る限り泰然自若を装って、何事もない風に頷いてみる。
そうなのか。そうだったのか。
蝋燭の灯があって助かった。
橙色の揺れる灯が、熱い耳朶を隠してくれる。
「ヨンア」
「・・・はい」
「目が笑い過ぎだってば」
口許は片掌で隠せても、この両の眸は塞げなかった。
塞げば天にも昇る告白を聞いた後、拗ねるあなたを見失う。
あなたは頬を膨らませ、責めるように俺を見る。
「嬉しいの?」
「・・・はい」
「奥さんが旦那さまに嫉妬するのが?」
「はい」
「でもあなたは、嫉妬しないじゃない」
・・・庵の中を恐ろしい程の沈黙が包んだ。
窓外からの潺の音だけが、ただ部屋内を流れて行った。
青天の霹靂とはこの事だ。今、この方は何を言った。
石のように固まった俺。蓑虫のこの方。
互いに瞬きすら忘れたように、膝を突き合わせ見つめ合う。
婚儀の記念の夜。新たな総てが始まった去年の今夜。
生涯忘れられぬ日に嬉しい告白を聞いた後で、急転直下の一言を突き付けられるとは。
「・・・お待ち下さい」
「その口調も。結婚したら変わるかなあって思ったけど、丁寧語のまんまだわ」
「いや、待て」
「あなたは言った事ないじゃない。他の男と話すなとか、他の男と会うなとか。
優しくするなとか、連絡取るなとか、そんな束縛系の発言も。
第一あなた自身に、心理学上の特徴がないわ」
確かにこの方は天の医官だ。医の道にかけては誰よりお詳しい。
けれど詳しいならば、何故この肚裡をこうまで読み違えるのだ。
読み違えておきながら、その自信に満ち溢れた態度には恐れ入る。
茫然自失の俺の目前で、あなたは澄ました顔のままで捲し立てた。
「批判的でもないし、自分を誇張するのも取り繕うこともないし、逆に自信がないわけでもない。
私の過去も聞かないし、どこでと何をしてるのかも聞かない。
健全だと思うわ、本来のリレ・・・付き合いは、そういう形であるべきだとも分かってる。けど」
「つまり・・・」
どうにか声を絞り出す。
今宵のこの方は饒舌過ぎて、耳から入る言葉の羅列に頭と耳が追いつかぬ。
つまり俺が根掘り葉掘り、微に入り細に穿って聞き出さぬから。
だからあなたは、そうしない俺は悋気など抱いていないと言う。
「口では言ったわよね。聞いたこともあるわ。悋気が過ぎるって。
でも実際はあなたくらい私を信用して、自由に私らしくいさせてくれる男の人はいない。
いつだって何も言わないし、聞かないし」
何処にぶつければ良いのだろうか。今の腹立たしさを。
口にせぬから悋気を抱いていないと思っているのか。
いや、寧ろ小躍りして歓迎すべきか。この方の鈍さを。
少なくとも悋気に荒れ狂う狭量な男と思われぬ事を。
この方の前で腹立ち紛れに相手の男を罵倒し、殴れば判るのか。
そんな事をして如何する。男などこの世に星の数ほど居るのに。
悋気の最大の敵は相手の男ではなく、ましてやこの方でもない。
敵は己だ。己の心の黒さであり、泥つく想いであり、その穢れ。
それを鎮められるのは己だけだし、殴りつけるべきは己自身だ。
「でも時々は聞きたいのよ?俺以外は見るなって。ほら、嫉妬は恋のスパイスって言うじゃない」
この方の言うすぱいすとは何なのかは、この際どうでも良い。
恐らく恋慕を掻き立てる火のようなものという意味だろう。
「伝えております」
「え・・・そうだっけ?聞いた覚え、ないんだけど」
言葉ではなく、態度でいつでも伝えておろうが。
どうして肝心な時にこうなのだ、俺のこの方は。
地団駄を踏みたい気分で唇を噛み締め、それから思いついて口を開く。
「判りました。お伝えします」
「え?」
「悋気を抱けば」
聞きたいと言ったな。あなたが聞きたいと判ればそれで良い。
聞かせてやろう、飽き飽きするほどに。
紙婚式の日に交わす約束だからと破り捨てるなど許さない、そんな誓いを今宵この場で立ててやる。
「聞きたいのでしょう」
「聞きたいって言うか・・・」
「何です」
「たまーにね。たまーには聞きたいの」
「たまに」
何と我儘なのだ。時には聞きたい、時には聞きたくない。
そんな器用な真似が出来るか。第一その時とはいつなのだ。
誰が教えるのだ。あなたがおっしゃるのか。
今は聞きたい、今は聞きたくないと合図でもするのか。
苦い顔をした此方を慮ったのか、この方は折衷案を申し出る。
「あ、じゃあ、10回に1回は言ってみて」
「数えるのですか」
「うん。試しに数えてみてよ、ね?ね?」
「・・・努力します」
否とも応とも答えずに、俺は懐に手を突込んだ。
これ以上拗れれば、子の刻を跨いで日が変わる。
本来ならこんな話の途中で渡したくなどなかったが。
懐から取り出した紙包を、向かいのこの方に向けて差し出す。
「どうぞ」
「え、これ・・・」
そもそもこれを渡したい一心で、遥々巴巽まで足を延ばしたのだ。
万障繰り合わせ、チュンソクに歩哨を整えさせ、王様の御配慮まで頂いて。
差し出した包を小さな両掌に受けると、何も知らぬあなたは白い頬を紅潮させた。

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やだー ウンス…
気づいてなかったの?(笑)
あ、鈍かった こう言うところ。
ヨンが 言わないだけで
迂達赤なんか かなり ボコボコ…
(•́ε•̀;ก) あちゃー
ま、 ま、 次いってみよう。
目に見えるもので 伝えてみよう(笑)
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ヨンほど、焼きもちやきはいないと思うな!!
悋気・悋気・悋気~~を我慢して、
ポーカーフェースのヨン。
分かっていないウンスの心。
ほっとしていいのか、残念なのか、寂しいのか…
ウンスを自分以外の男の誰にも見せたくないし、
ウンスが自分以外の男の誰とも話してほしくないし、
ウンスが男の患者に触れるのもいやだし。
ウンスさん、ウンス殿、ウンス…など、名前なんか口にする男は、鬼剣でバサッとしたくなるし。
複雑なヨンの男心(笑)
紙婚式の記念の品、渡せた…のね♪
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さらん様こんにちは!
私はさらん様がシンイの世界から離れられた時、とても残念でした。
凄く久しぶりにブログ村をのぞき、戻られた事知りました。また、お会い出来て嬉しいです。
3月21日より私事ですが病気の為、入院します。
入院中、初めから読ませて頂きます
私もシンイの世界から出られません!
さらんさんの世界をまた、見せて下さいませ!