2016 再開祭 | 佳節・拾

 

 

「う、医仙!」

媽媽の往診を終えて一息ついてた私が、濡れた足音に診察室の扉を振り向いた瞬間。
大きな声で呼びながら、テマンが飛び込んで来る。
「どうしたの?」
明るい顔色を見れば、外傷や体調不良じゃないことは分かる。
次の瞬間に不安になるのはあの人のこと。

診察室のテーブルの上の治療道具の包みに手を伸ばす私に、テマンが急いで首を振る。
「けがじゃないです。大護軍は大丈夫です」
「驚かせないでよぉ!」
「す、すみません、でも急ぎの用で」

外の雨はだいぶ止んで来たみたい。
テマンはほとんど濡れてない頭をぺこりと下げると、次に上げた目で私をじっと見た。
「ええと、大護軍も来るはず、です」
そう言って心配そうに窓の外を確かめてから
「今日来られるみんなは、申の刻に、善竹橋に来いって」
「パ・・・宴のこと?」

飛び込んだテマンを見てる典医寺のみんなも、その声に顔を見合わせる。
「はい。御邸じゃなく、善竹橋だって」
「この雨なのに?」
「上がるから大丈夫だって」
「そうなの?」
「大護軍が言ったから、絶対上がります!」

テマンが妙に自信あり気に何度も頷く。
そりゃあテマンにとっては、あの人の言葉は絶対だろうけど・・・
その時、意外なサポーターがテマンを支持するみたいに頷いて、私の肩を指で突っつく。

大丈夫。大護軍はちゃんと調べてる。間違いない。

指で話しかけるトギ。その指にテマンが心から嬉しそうに笑う。
そして診察室中のみんなも頷き返す。
最後にキム先生がその場のみんなの声を代弁するように
「では申の刻、善竹橋に伺います。チェ・ヨン殿にお返事頂けますか、テマン殿」

穏やかな声に頷くと、テマンが最後の返事を待つみたいにまっすぐ私を見る。
あの人を信じてないわけじゃない。もちろん信じてる。
だけどもし止まなかったら、来てくれるお客様全員が雨に濡れることになる。
だからってここで頑なに反対したら、私が悪妻みたいじゃない?
「テマナ」
「はい!」
「あの人、まだ兵舎にいる?」
「はい。今日は王様の歩哨はないので。一緒に来るはずだったけど」
「ねえ、ちょっと迂達赤まで一緒に行ってもいい?」
「もちろんです」

その声を後押しするように、キム先生が頷いて言う。
「ウンス殿。もう今日の診察は終わりです。早めに終いにされては如何ですか」
「良いの?」
「何かあれば、私たちで充分です」

・・・確かにこの後、準備はまだあるのよね。
プライベートなことだから自分からは言い出しにくかったけど。
「本当に、甘えちゃってもいい?」
思い切って確かめると、キム先生の返事より早くみんなが頷き返す。

「勿論です!」
「お急ぎください、ウンス様」
「後ほど善竹橋に伺います」
キム先生はその声が収まってから、腕組みをしてさらっと言った。
「だそうです」
「ありがとう」

頭を下げて、みんなに手を振る。
「じゃあ後でね。善竹橋・・・ってよく分かんないけど、待ってる!」
急いで部屋を駆け出す私に、みんなが頭を下げ返す。

待ってなさい、ヨンア。急にテマンに伝言だけさせて。
パーティの場所は土壇場で変更するし、雨は上がるって言い切るし。
どういうことか聞いてからじゃなきゃ、全然納得できないじゃない!

 

*****

 

階を上がるテマンの音に遅れて、聞き慣れた慌ただしい足音が続く。
兵がこんなに乱れた音を立てる訳も、足音がこんなに軽い訳も無い。

此度はかなり気が荒れていると、扉外の足音を聞く。
扉が開いたと同時に
「ヨンア!」

部屋に飛び込んで来たのは案の定、あの方の声だった。
「どうして一人で勝手に決めちゃうの?!」

その影が部屋内の数段の階を駆け下り三和土へ廻り込む。
そこで柱影に見つけた意外な顔に、鳶色の瞳が丸くなる。
窓下の生木の段に腰掛けたアン・ジェが気まずげな顔で
「済まなかったな」

俺とこの方の何方にともなく呟いて腰を上げ頭を下げた。
「え、っとごめんなさい。私、アン・ジェさんが来てるの、全然知らなくて」
「いや、もう暇するところで。どうか気にせず」

ぎこちない遣り取りを耳に、俺は無言で小さく笑んだ。
落ち着かなげなアン・ジェは部屋を出て行く間際、扉前で振り向くと
「とにかく、後で行くからな!」

俺に向かって捨て台詞を吐くと、返答も聞かず扉を出て行く。
奴の背を見送ったこの方は丸い目のまま改めて俺を見つめる。
「行くって、一体何の話?」

その問いに太く息を吐き、三和土に腰掛けたまま丸い瞳を見上げる。
「今宵の客は、思うより多いという事です」

 

 

 

 

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