一度気付けば次からは、必ず其処に眸が行くようになる。
想いの儘に咲く梅花を見上げその花の許を抜け、あの方の待つ部屋へ急ぐ。
傾く冬の西陽が枝の影を雪に映す、橙色の濃淡の中。
冬の短い一日が終わり、典医寺の扉を叩く刻。
理由が判ってみれば、部屋に踏み入る俺の気配に扉内で振り向いたこの方の疲れた様子が目に留まる。
窓外の庭に積もる雪の反射だと思っていた顔の蒼白さ。
冬の西陽が作ると思っていた目許の翳りが気に掛かる。
昨日は知らず深く考えもせず、見過ごしていた事が今日はこんなにも目に余る。
これ程疲れている事に何故、昨日は気付けなかったのか。
俺はただ一日の終わりにもう一度逢えた事を嬉しく思うだけだった。
宅へ戻れば二人きり、名分を探す必要もなく共に過ごせると、浮き立つ心を宥めていただけだ。
「お帰り、ヨンア」
歩み寄る俺の腕の中に飛び込んで来たこの方はいつものように頬に額に手を当て、頸から手首の血脈を探る。
俺はいつでも再会に喜びその手に甘え、ただ身を委ねるだけだった。
そうしていつでも俺を案じるあなたの疲れを慮る事もなく。
「・・・うん。大丈夫」
暫くそのまま血脈を確かめた後、この方の指が離れる。
そして困ったように紅い唇を引き締め、聞きたくなかった声が漏れる。
「本当にゴメン。でもしばらくの間お昼も、迎えにも、来ないでほしいの」
今朝の話の続きなのだろう。朧げながら察しはつく。
だから頭ごなしに怒ったりはせん。ひとまず理由だけは聞く。
「風邪の所為ですか」
黙って引き下がる気は無いと示す為、部屋中央の卓の椅子を引き腰を据える。
あなたは向かいの椅子へと腰を降ろして、卓向いに俺を見た。
「うん。今日も患者さんが増えたし。何しろ病院って、当然だけど一番感染しやすい場所だから。
来るのは患者さんばっかりだし、特に今はウイルスが蔓延してるし。
私達は治療中はマスク・・・えーっと、面覆い?してるけど、ヨンアはそうもいかないでしょ?
この部屋に患者さんは入らないけど、でも私の診察着には当然飛沫ウイルスは付着してるし」
その理屈で言うならば、俺の身など案じている場合ではない。
最も風邪を引きやすいのは、常に患者と接しているこの方だ。
顔色を変えた俺の肚を読んだか、慌てて手を振るとこの方は早口で言い募る。
「ああ、もちろん私たちは診察の前後でちゃんと手も消毒してるし、うがいもしてるから。
ただあなたはお役目でいろんな場所に顔を出すし、王様にも頻繁にお会いするでしょ?
それで王様は、王妃媽媽の所に毎晩行かれるじゃない?
あなたは基礎体力も十分だし心配するような諸症状は出てないけど、保菌者になる可能性はある。
念には念を入れて危険性は排除しないと、あなたに嫌な思いをしてほしくない」
そんな事は構わない。危ないというなら王様への拝謁も控える。
俺でなく誰がご報告に上がろうと、さしたる大差はないはずだ。
第一この方は、毎日王妃媽媽の御拝診に伺っているではないか。
この方の息継ぎの間に口を挟もうにも、そんな僅かな隙すら与えぬ声は止まる事を知らない。
「私は媽媽にお会いする時、着替えてから行ってるから心配ないけど。
あなたは基本、どこに行くにも軍服と鎧でしょ?だからっていちいち着替えるような面倒をかけたくない。
私の頃も院内感染とか、院内勤務者やその家族や関係者だけに流行する珍しい病気があったの。
そうなるのは、絶対あなたの為にならない。だからちょっとの間だけ。
風邪の流行が治まって、患者さんが減るまで。お願い。分ってくれる?ん?」
役目に懸命なのはよく判る。最初に攫って来た時の投げ遣りさとは別人だ。
それが全て俺の為なのだという事もよく判っている。
受け止めたいと心から思う。判って、護りたいと心底思う。
けれどこうして遠ざけられれば、心の何処かが不満で歪む。
そして思い出す。投げつけられた怒りの籠る声。
私を護るなら、体だけじゃなく心も護って。
この方を護るなら奪って負うのは、桃花色のポジャギの包だけではない。
俺に黙って心に負ってしまう荷を目敏く見つけ、あれこれ言わせずに素早く奪ってこの背に負う事。
これ程手が掛かるから、眸が離せぬから、だから逢いたいのだ。
一日に幾度でも逢いたい。顔を見て瞳を覗き無事を確かめたい。
それでもそうしたいという慾がこの方に荷を負わせてしまうなら、選べる道は多くない。
どうやら歪んだのは心だけではないらしい。
細い指先がこの唇の両端にそっと触れると、笑みを作るように引き上げられた。
窓からの夕陽に照らされ、此方をじっと見ている。
きっと笑うまでその指は離れる事はないだろう。
だから無理して笑って見せる。今は何よりこの方を早く宅へ戻したい。
二度と立ち寝などさせぬよう腕に抱き、一刻も早く床に就かせたい。
無理して浮かべた作り笑いは、暫く典医寺に訪れぬという了承の証。
心にもない約束の印を刻んだ頬が、射し込む夕陽に照らされて痛い。

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不本意だけど
ウンスを困らせるわけにもいかず…
モヤモヤモヤ~
ウンスが心配 ウンスだけが…
ヨンったら
( ´艸`)
ウンス幸せ者だわ
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ヨンもウンスも、互いに相手を想うからこそ、相手を遠ざけたり自分の願うことと違う態度をとったりしてしまうのね。
互いに、身体を護るだけでなく、心も守るはずだったのに、どうしても空回りしてしまうのね。
ウンスの医者としての立場は分かります。
ヨンのウンスを想う気持ちも分かります。
互いに離れないように、よく考えて行動してくださいね。
修復は、前の事件で、十分難しい…ということが分かっているはず。
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さらんさんがこのお話のヨンに見える。
知らないくせにと
言われちゃうでしょうが…
ウンスが読者でヨンがさらんさん。
気持ちの葛藤?
ただ感じたままにコメントしてるので
間違っていることかもしれませんが…
さらんさんは隠すのがお上手なので…
どうか幸せでいてください。
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