2016 再開祭 | 天界顛末記・拾伍

 

 

宵の帳に包まれた町に、今宵も目を刺す光が灯り始める。
同時に夜気は一気に冷たさを増し、吐く息は白く立ち登る。

叔母殿への薬湯をお出しした後は日がな一日町中を歩き廻り、慣れぬ沓に互いに草臥れ果てた。
昨日も歩いた夜の道、灯の中を副隊長と二人並んで同じ道を辿る。
何故天界には一晩中これ程人が溢れているのだろうと、今宵も不思議に思いながら。

「これ程探して、手掛かり無しとは」
副隊長が明るい夜空を見上げ、白い息と共に吐き捨てる。
「焦らず探すしかありません」
私の声に仰向いたままの顔を両掌で拭い、ようやく横顔が頷いた。

「気ばかり焦ります。きっと今頃、隊長も気を揉んでいると思うと」
「はい」
「自分が天門に残した標を見つければ尚更」
「そうでしょうね。あの隊長の事ですから」
「唯一の救いは奇轍も此処に居る事です。少なくとも王様や医仙に、目下大きな敵はない」
「ええ。あとは取り逃がさずに連れ帰れば」

励ます私の声に苦く笑うと、副隊長の視線だけが此方を向いた。
「チャン御医。天界はお好きですか」
「好き嫌いというより全てが珍しく、目新しく、驚くばかりです」
「馴染んでいらっしゃるように見えます」
「副隊長は如何ですか」

問い返しに困った顔で、副隊長は下して後に結った髪ごと頭を振る。
「自分には合いません」
「副隊長」
「隊長は何処に居られるか判らぬ神医を探す時も、あれ程早く帰って来たのに。
自分は奇轍一人探し出すにも、手を拱く有様です」
「・・・探し方が間違っているのかも知れません」

今日一日歩き回った末に辿り着いた結論を口にする。
我らとて衣を変え髪を下してしまえば、容易に見つかる事はない。徳成府院君たちとて同じだ。
高麗の当時の衣のままで、未だに周囲をうろついているとは限らない。

当てどなく探し回るには、この天界の町は大き過ぎる。
ましてや凄い速さで目の前を通り過ぎる、あの四角い乗り物。
あんなものに乗られてしまえば後を追いようもない。
「副隊長」
「はい」
「今宵は遅い。明日もう一度、弥勒菩薩像に戻ってみませんか」
「天門にですか」
「ええ。徳成府院君はあそこから見て、最も天界らしい景色に向けて去って行ったと思います。
あれ程来たがっていた場所ですから。
あの弥勒菩薩からどの方角に行ったのか。何が一番目を引くのか、それだけでも確かめたい」
「確かに・・・」

副隊長は暫し黙って考え込むと、私に向けて頷いた。
「行ってみましょう、明日」
「場合によっては、二手に分かれて探す事も必要かと」
「その折は茶房で落ち合う事に」
「はい」

今日駄目ならば、明日は手を変える。
どうにかして徳成府院君を探し出し、必ず帰らねばならない。
願う事は同じだ。高麗でやらねばならぬ事がある。待つ人がいる。
天界は私にとって仮初の世だ。どれ程物珍しく、学びたい事が溢れていようと。

帰りたい。

先刻の副隊長と同じように空を見上げて息を吐く。
副隊長も同じ事を思いながら、見上げていらしたのかも知れない。
あの頃の夜空とは星も月も違うのに、その先に高麗が見える気がするからだ。

 

*****

 

「お兄さん!良かった」
戻った茶房には客人は殆ど居なかった。
閑散とした店の扉を開けた私達に、ソナ殿が駆け寄る。

「どうされましたか」
「今日、お兄さん達と別れた後に、この先のレストランで大騒ぎがあったって聞いたんです。
警察が集まってたって、お客様も昼間噂をしてて。でもお兄さん達と連絡も取れないし・・・」

安心させるように微笑んだ副隊長が、ソナ殿の目を覗いて頷いた。
「自分たちは、大丈夫です」
「ええ、此処に来るまで知りませんでした」
「スマホ持ってますか?Wi-Fiレンタルしましょうか?おうちと連絡取れないと心配ですよね?」

すまほやら、わいふぁいやら。
一体何をおっしゃっているのか全く判らぬまま、曖昧に首を傾げる。
副隊長もお手上げと言ったご様子で、私に向けて首を捻った。
鳩を飛ばす訳にも行かぬだろうし、天門に文を投げ入れた処で届くかどうかも判らない。

「私達の宅は・・・すまほでは連絡は取れぬかと」
「そうなんですか?」
「はい」
確信に満ち、勢い込んで頷く副隊長に困ったように
「それは、淋しくないですか?」

ソナ殿は訊いて、そして慌てて口を噤んで頭を下げた。
「ごめんなさい!!知ったような口きいて」
「いえ。こちらこそ却ってご心配をかけて」
「いえ・・・事情だってあるのに・・・あ、それより外、寒かったでしょう!
帰る前に何かお茶、飲みませんか?晩ご飯は食べましたか?」

取り繕うよう言葉を重ねるソナ殿に首を振り、声が鎮まるまで一拍置いてから口を開く。
「夕餉はまだです。叔母殿もお待ちでしょうから、道中何か買ってお届けしましょう。朝餉のお礼にご馳走します」
ゆっくりと言う私に、ソナ殿は笑って頷いた。

 

 

 

 

1 個のコメント

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    慣れない土地で 戸惑うばかりで
    高麗にきたばかりの ウンスの
    気持が 少しはわかるかな?
    「帰りたい…」 自分の居場所じゃないって感じよね
    なんだか 手がかり つかめそうですね。

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