2016 再開祭 | 寝ても 醒めても ~ 내 꿈 꿔 ~・前篇

 

 

「協力してほしいんです。ヨンアと、ヒドさんと」

恐らく診察を行う部屋だろう。
寝台やら薬壺を並べた棚やらの林立する部屋の中。
俺とヨンとを向いにし、卓の逆側で女人が言った。
「ウンス殿。藪から棒にそれでは」

女人の隣に腰掛けた胡服の男が困惑したように眉を下げて微笑み、一冊の書を卓上に滑らせた。
ヨンがそれに指を伸ばし
「チャン侍医の手蹟か」

そう言って書を捲り始める。男は頷き
「はい、大護軍。書架の整理中に見つかりました」
「・・・碌なものを残さんな、あの男」

ヨンは何処か懐かしそうに呟くと、数頁開いた書を音を立てて閉じた。
「協力とはこれか」

長い指先で弾くように書の面表紙を弾き、不機嫌な顔で奴が正面の胡服の男へと問う。
その指先にある僅かに褪せた墨蹟、表題は点穴。
「はい。郄穴について知りたく調べておりましたら、チャン御医のこの書がありましたので」
「げっけつ?」

ヨンと俺との後ろに控えたテマンが不思議そうに首を傾げ、其処から無言で半眼の俺と、不機嫌そうに黙るヨンを見比べる。
郄穴とはな。俺とヨンとを揃って集めた理由が読めて来た。
俺は横のヨンへと目を流す。
「大護軍の雷功については、チャン御医は既に幾度かお試しと記してありますから。此方の」
「・・・ヒドだ」

ヨンの声音が、さらに一段低くなる。
「ヒド殿、初めまして。キムと申します」
男は名乗り、緩やかに頭を下げる。
ヨンは相変わらず不機嫌な顔を隠そうともせず、キムと名乗った男を睨んでいる。

「経絡、点穴。お前の方が余程詳しかろう」
「ヨンア、ちょっと」
その不機嫌な声を取り成すよう女人が呼ぶ。

「どうしてそう不機嫌に」
「イムジャ」
「うん」
「暫し、席を外して頂けませんか」
「・・・え?」

ヨンは女人の返答も聞かず、肩後ろに立つテマンへ声だけを投げる。
「テマナ」
「はい!」
「この方を部屋へ連れて行け」
「は、はい!」

テマンはヨンの声に急いで頷くとそのまま半周回り込み、向いの女人の横へ立った。
「医仙、行きましょう」

促されつつ未だ迷うように、女人の視線がじっとヨンを見つめる。
ヨンが頑なに眸で診察部屋の裏扉を示す処で、ようやく諦めたか。
女人は息を吐き、椅子から立った。

 

*****

 

「どういうつもりだ」
「どういう、とは」

女人がテマンと出でた扉が静かに閉まった途端。
ヨンはきつい眸で医官を睨み付け、短く問うた。
「何故ヒドまで呼んだ」
「テマン殿の調息の師範がおられるとウンス殿より伺い、それでヒド殿について知りました」
「答になっておらん」
「今回お願いするには、どうしても経絡に詳しい方がお二人必要でしたので」

男はヨンの視線にも負ける事無く、穏やかな表情のままでその眸を真直ぐに見つめ返した。
しかしヨンは興味無さげに視線を躱し、一言の許に斬り捨てる。
「あの方の前で内功を遣うつもりは無い」
「隠しておられるという事ですか」
「そうではない。必要ないからだ」
「・・・ウンス殿が、鍼を打てません」

医官の声に、初めてヨンの顔に惑いが浮かぶ。
「慣れておらんからだろう」
「いえ、訓練は続けております。それでも打てぬのです」
「理由は」
「ウンス殿は、手術の腕は言うまでも無く」

医官は席を立つと、別の卓上にあった木の人形を取り上げ卓へ戻って来た。
人形の面に描かれた幾本もの細い線。一見してすぐに判る。経絡の途。

「薬草や薬湯に関してはかなり知識をつけておられます。私もトギもおります。
天界でも脈を計る事はあるそうですし、チャン御医と共に鍛錬されていたせいか、だいぶ読み取れるようになられました。
しかし」

そう言って卓の上に人形を置くと、医官は息を吐いて首を振る。
「経絡、点穴だけはどうしようもない。教えるのにこれ程難しいものもないのです。
そもそも目に見えるものではありません。血脈と違い肉付きや体格によって深さも違う。
ほんの僅かずれるだけで、体の自由も、時によれば命をも奪うものです。
ウンス殿にとっては、人の体に鍼を打つ事への恐ろしさもあるようです」
「・・・鍼が打てん・・・」

ヨンが低く問い直す。鍼の打てぬ医官。絶望的だと息を吐く。
天界の医術がどうかは知らんが、鍼の打てん医官など聞いた事も無い。

俺に呼吸法を教えて下さった頃の、隊長の声が耳に蘇る。
恐らくヨンも同じ事を聞いたろう。

─── 血が体を巡るよう、気は経路をその体の隅々まで巡る。

気を練るとは即ち己の気で体内に神火を燃やすこと。故に臍下丹田を神炉とも呼ぶ。
総て呼吸から始まる。乱すな。整えろ。そして知れ。
己の気が火となり、今体内の経絡の何処を巡るのか。
次はその火で己の中の、全ての邪気を祓う事が出来るようになる。
余さず丹田へ集められるようになれば、放つ事はより易くなる。

俺もヨンもそして赤月隊の誰も、特段の医の心得などなかった。
それでも経絡についてはそこらの新米医官より余程知っている。

鍼とはつまり、その経絡に詰まる邪の滞りを流す手立ての一つ。
その邪が水血を乱せば体が、気を乱せば心が原因で病が起きる。

いくら水血に詳しかろうが、神域の技を施せようが、気を整えるべき鍼を打てねば医官としては致命的。
逆に鍼上手な医官や鍼師は、気力もそれなりに優れている。
己の経絡に集中する方法を無意識に知っているという事だ。

天の医術をもってしても、高麗の医官が成せる事を成せんとは。
とことん読めぬ女人だと、この口端から漏れる息は呆れか諦めか。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    東洋と西洋の違いだけれども
    メスで体を切るにも 思い切り。度胸がいるわ
    針だって どこを どこまで打てばいいのやら
    これも ものすごく むずかしい
    両方できるようになるって そりゃ ものすごく
    努力しなくっちゃならないわ~
    大変よ~

  • 高麗の医官にとっては当たり前のことかも知れないけど、現代医学では鍼は専門外なのがフツーだわ。
    高麗の医官に出来ない事ができるんだから、出来る事が出来のはありでしょ⁉️

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