2016再開祭 | 加密列・肆

 

 

広いのはもうよく分かったわ。
認めたくないけど、単に出来のいいテーマパークだと思いたいけど、少なくとも私をだますためだけにこんな大きな場所を・・・。
それも最初にサイコに無理やり連れて来られた川べりのセットから、こんな離れた場所にテーマパークまで作ったりはしない。
でもセットだと思いたい。こんなのあり得ない。
もう一度きれいな庭で足を止めて、さっき来たチョニシの方を振り返って確かめる。

ガーデンエリアだって、あちこちに見える建物だって、そこを歩く人たちだって。
セットやエキストラって考えるよりも、実物だと考えた方がよっぽど納得がいく。
分かったわ。じゃあ百歩譲って、ここが本当に高麗なら。私に姫だって名乗ったあの女の子が、本当にお姫様なら。
宿でも気難しい顔をしてた若い男性が、本当に王様なら。サイコが本物の武士で、ここの全員が高麗の人たちなら。
それなら私は今、一体どういう状況なの?
本当にあの時江南でサイコに担がれて、2人でタイムマシンに乗って、時空を超えて高麗に来ちゃったわけ?

「・・・あ、ははは」

乾いた笑いが込み上げる。アニメや漫画やWeb小説でもあるまいし、誰がそんな荒唐無稽なこと信じるって?
そしてあの韓方の先生が、サイコが、私を見て最初に言った一言。
華侘。ファタって、中国の昔々の伝説の医者でしょ?
何で私がそのファタなわけよ?女だったわけ?全然知らないけど。

私をイラつかせるもう1つの原因。そっちはより即物的かつ現実的。
この服よ。そしてお風呂。
ただでさえレイヤードスタイルやひらひらした格好は苦手だし嫌い。
白いスーツの上に羽織った赤い上着は、このシーズンには暑過ぎる。
おまけに長くて重くて、歩きにくい事この上ない。

お風呂はもうこの際夏だし、水風呂でもいいわ。ガマンする。
だからせめてシャンプーで髪を、ボディソープで体を洗いたい。
高麗だろうが朝鮮だろうが何だろうが、取りあえずみんなお風呂には必ず入るはずよね?
・・・まさか、入浴の習慣がないなんてこと、ないわよね?

目立つ建物に近寄るごとに、どんどん人が増えて来る。
そしてみんなが私を見る目も、どんどん無遠慮になって来る。
チョニシにお風呂はなくても、これだけ人が多ければどっかにお風呂が。
ううん、借りるのは無理でもチムジルバンの場所の情報くらいはあるんじゃない?

まずはお風呂よ。体を清潔にして気分を変えて、それでいいアイディアが浮かべば最高。
少なくともホコリとはしばらくお別れできる。運が良ければ、ここにいる間はずっと。

その時通りかかった一人の若い女性に目を止めて、一目散にその人に駆け寄る。
理由は2つ。1つは彼女が私と同年代か少し若いくらいに見えたこと。
自分の欲しい情報は同性同年代から得るに限るじゃない?
そしてもう1つはもっと単純。彼女が1人で歩いていたから。

知らない場所、味方は誰もいない。
そんなところで相手が大勢でジロジロ見られたんじゃ、いくら私が強心臓でもさすがに話しかけにくい。
彼女はビックリしたみたいなどんぐりまなこで、息を切らせて駆け寄る私をじっと見た。
「あの、この近所にチムジルバンありませんか?」
「ち、チムジルバン、ですか」

彼女は意味が分からないって顔で、私の言葉を繰り返す。
「はい。スパでも何でも、あの、ハンジュンマッやサウナがある」
「スパ・・・ハンジュンマ・・・」
「えーっと、昔の言い方だとモギョッタン?沐浴場、これなら?」
「ああ!」

ようやく言いたいことが伝わったらしい彼女はにっこり笑った。

あ。

ここに来てからずっと、難しい顔の人ばっかり見て来た。
私を汚い鎧の肩に担いでさらったサイコ。
次から次へと難題をふっかける韓方の先生。
宿の階段の吹抜けの上から私を見下ろした若い男性。
その周りを囲んでた、サイコと同じような鎧を着た人たち。
手術の後、自分はお姫様だって名乗った若い女性。
大広間でその若い2人の前に膝をついてた年配女性。
水を一杯を頼むのにも、顔をしかめた若い女の子。

みんな眉間に縦ジワを刻んで、すごく怖い顔をしてた。

今ここで初めて見た笑顔。にっこり笑った彼女。
着てるものは他の人たち同様の時代劇みたいな服、その化粧気のない素顔の皮膚は荒れてる。
間違っても江南界隈で、私の勤める整形外科に来るようなタイプには見えないけど。
そんな素朴な彼女は私の薄汚れた白いスーツを確かめて
「沐浴されたいのですね」

そう言って素早く左右に目を走らせると、突然私の手を握る。
その手もカサカサだし、爪は年齢相応に健康そうではあるけど、ケアしている気配はない。
キューティクルはそのままだし、根元にはささくれもあって痛そう。
「沐浴場はありませんが、水瓶で良ければ」

彼女はそう言って自分の体で私を隠すように、手を引いて早足に歩き始めた。
どうしよう。水が借りられそうだってことよりさっきの笑顔の方が嬉しくて、ほっとして泣きそう。

私は唇を噛んで、彼女に手を引かれて歩いていく。そんな事でいちいち泣いてたらキリがない。
みっともない。私らしくない。でも彼女が歩きながら心配そうに顔を見るから。

あなたに怒ってるわけじゃないのよって分かるように、一緒に歩きながらどうにかに笑って見せる。

 

 

 

 

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