2016 再開祭 | 釣月耕雲・拾参

 

 

「・・・すごかったな」

騒々しい一日を終え、真暗く暮れた開京の往来。
市の店内で蝋燭を灯した長卓にぐたりと凭れヨニョルが唸る。

「確かに」
漸く茶の一服を許されたチャン・ビンが湯呑を手に息を吐く。

「はい」
男達からは少し離れ、チャンイが結髪の乱れを整えて頷いた。

チェ・ヨンは無言のままで壁に凭れ、鬼剣を握り佇んでいる。
そんな四人を順番に眺めて、ウンスはチャンイの正面で突然大きく頭を下げた。

「本当にごめんなさい!私の読みが甘かった!今日は完全に私のミスよ。ろくに休憩も取ってもらえなかった」

その大声よりも勢い良く下げられた頭が長卓を打ちそうで、誰もが驚いて目を瞠る。
「いや、別に誰の所為ってわけじゃ」
「どうかお気になさらず」
「その通りです、医・・・ウンス殿」
「でもねーえ?」

勢い良く下げた頭を焦らすようゆっくり上げ、ウンスの瞳が輝いた。
「その分売り上げはすごかった!今日はコスメ関係は、歯磨き粉しか売らなかったけど。
それでもお祭りの売り上げトータル目標の65%達成したんだから!!初日だけでよ?」

何を言われているのかが判らず、ヨニョルとチャンイは首を傾げる。
ヨンが首を振り、チャン・ビンがウンスへ体ごと向き直る。
「・・・つまり、明日と明後日が、今日のように繁盛すれば良いという事ですか」

判り易く噛み砕くように問い掛けるチャン・ビンの声に
「そうよ!さすが先生。そして明日は今日より絶対売れるはずなの、私の読みでは。
理由は2つ。1つはもちろんローションとソープ。
今日テスター使用したお客さんが、明日戻ってくる可能性が高い。
もう1つはクチコミ・・・噂話よ。
今日ここでこんなものを買った、こんなお店があった。ネットでもそうやってクチコミで売れる。
まして今の時代なら、人の噂は一番確実なマーケティング戦略でしょ?」
「確かに。火の無い処にも噂次第で煙が立ちますから」

チャン・ビンは湯呑を卓へ置いて、同意するように頷いた。
それに力づけられたウンスは機嫌良く笑いながら力説する。

「開京の市だし、お客さんもこの近隣の人たちが多いはずよね。噂が広まるのにさほど時間は必要ない。
お祭りっていう期間限定な感じも良い。
リミテッド・エディションの特別感は、いつの時代でも購買欲を煽るわ。
自分は買った、手に入れたっていうスペシャルな感じと優越感。
おまけにこれだけ美男美女を揃えたお店は、絶対にないはずよ。それだけでも充分ニュースになる」
「よく判らないけど・・・まあ贔屓目に見ても、その売り上げの半分はあんたのお蔭だな」

商人の算盤はすこぶる早いらしい。
ヨニョルはウンスの声に頷き、長卓に凭れたまま壁に佇むヨンを見上げた。
「確かに。隊長が店に出て以来、急に人が増えましたから」
同意するようにチャン・ビンが頷く。
チャンイは無言で口許を指で押さえ、小さな忍び笑いを漏らした。

「お前を尊敬する」
ヨニョルに向けヨンが低く呻いた。
「何だよ、突然」

尊敬する。
一日中店に立ち父親を助け、己しか継げぬと覚悟を決め、どれ程厄介な客にも顔色一つ変えず接する男。
ヨンは鬼剣を握らぬ片手を上げ、愛想笑いの浮かべ過ぎで痛む蟀谷を押さえた。

己には絶対に無理だ。今日一日で思い知った。
しかし他の四人はまだ残り二日、忙しい店に立たねばならない。
その四人に伝えないのは卑怯だろうと、今まで待っていたのだ。
そしてウンスに対してはっきりさせておかねばならぬ事がある。

「明日は、俺の代わりを探して下さい」
「え?」
「約束は果たしました」
「そ・・・それは、それはそうだけど」
「守りは最後まで果たします」
「それじゃ困るんだってば!!みんなの話聞いたでしょ、あなたがいないと」

唯でさえ痛む頭を、これ以上は痛ませたくない。
ウンスの叫び声に眉を顰め、ヨンは首を振った。

「どう言おうと此処までです。約束は守って頂く」
「約束?」
「一生のお願い、何でもするとおっしゃった」

嵐のような忙中の言葉を思い出したか、ウンスは頷き言い淀む。
「・・・確かに、言ったけど・・・」
「言ったのか!」

誰より驚いた顔で、ヨニョルが真先に声を張り上げる。
「本当に、言ったんですか」
「え?ええ、言ったわよ?言ったけど」
「うわ」

長卓に凭れたまま、ヨニョルが己の額を手で押さえた。
「な、何?」
「最悪だ。この人には何を頼むつもりなんだよ、あんた」
「・・・さあな」

壁に佇むヨンは背を起こし、自分を見詰めるウンスを黒い眸でじっと見返した。
「明日も早い。休息が必要だ」

チェ・ヨンのお開きの合図に、残る四人が立ち上がる。
「侍医」
それぞれの帰り支度の騒々しさの中、ヨンの声にチャン・ビンが振り返り壁際へ寄る。

「はい」
「頼む」
「・・・隊長は」
「残る。留守にして商売敵に店を荒らされるのも、品の中身を摩り替えられるのも御免だ」

何処までも頭が廻るとチャン・ビンは感心して頷いた。
最悪を想定し最善を尽くす。王の護衛でも小商いでも変わらない。
「畏まりました」

行けというように、ヨンは店の外の暗い往来をぐいと顎で示した。
「俺の代役、必ず見つけて来い」
念押しの声に、チャン・ビンは曖昧に首を捻る。

これ程頭が廻り、且つ見目の良い、おまけに絶対の忠誠心を持つ男の代わり。
自分にもウンスにも、到底見つけられる訳も無い。

第一ウンスがこれ程想いを懸け信頼する男が、他にいる訳が無い。
自分自身を振り返り、チャン・ビンは苦笑を浮かべて言った。
「・・・約束は出来ません」

長衣の裾を翻し店を出るチャン・ビンと並ぶウンスの細い背を、ヨンは壁際から見送った。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    あららら ヨンは明日は不参加なの?
    残念ね… 無愛想でも 看板イケメン
    一名離脱かぁ。
    じゃ 誰がいいかしらねぇ
    すすめ上手は だれかしら♥
    簡単に約束しては いけませぬ
    ε-(•́ω•̀๑)

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    ヨン、愛想笑いの浮かべ過ぎで
    蟀谷が痛くなるほど頑張ったんですね(^-^;
    ウンスの為に良く頑張ったよね❤
    ヨンの代わりの殿方?
    トクマン君では無理かな~(笑)

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