この方の渡した大きな荷を背に、コムが門先で幾度も頭を下げる。
その姿に首を振り、夕暮れの薄闇に伸びる門前の真直ぐな道を顎で指す。
「行け」
「ヨンさん」
「きりが無い」
「・・・行って参ります」
コムも同じ事を思ったのだろう。
最後に深く頭を下げて、タウンと二人で歩き出す。
「気をつけてねー!3日後にねー!」
この方の声にタウンが振り返り頭を下げる。
まだ何か言いたげに大きく振ったままのこの方の手を掴み、半ば強引に門中へ戻る。
「ヨンア」
「これでは奴らは行けません」
庭先を引き摺られながら頷くと、この方は其処で足を止めた。
「ねえ、気が付いた?」
「は」
夕暮れの庭は緑を濃くし、葉影は黒の濃淡になって落ちてくる。
梅雨のせいか星は見えず、声が止めば昼の熱さの名残に包まれる。
「私たちこの家で2人っきりになるの、結婚してからは初めて」
「・・・はい」
「新婚生活ってこんな感じなのねー」
親しい者たちの気配だからと、特に気にする事も無かった。
しかし黙って向き合い見つめ合えば、周囲に他の気配が漂わん。
途端に己の心の臓の音が耳に響く。愛おしい方と二人きり。
宵の帳の中に刻々と色を変える瞳から眸を逸らし、気まずい空気を空咳で誤魔化す。
そして誤魔化してから思い出す。そんな必要も無い事を。
「とりあえず、晩ご飯食べようか?」
「はい」
突然始まった二人きりの刻。
この方の提案にぎこちなく微笑むと、俺は頷いた。
*****
「イムジャ」
向かい合う夕餉の席で呼ぶと、この方は箸を止め此方を見つめる。
「コムの荷に、何を」
薬草だけとは思えん。あのでかい背に負ってもあれ程大きい荷が。
その問いに小さく笑うと、向かい合った方が細い指を折り始める。
「えーっとね、チャメにエゴマに、常菜にヤマイモ。
お母さんの体に良くて、でも日持ちしないから私たちだけじゃ全部食べきれないし」
そんなに背負わされては、コムも気の毒に。
優しい男が荷を押し付けられ、浮かべた困り顔が見える気がする。
しかし。
「菜ばかりで良いのですか」
普段男手の無い家では、肉や魚を喰う機会も少なかろう。
殺生を避ける仏徒は多いが、そうでないなら病を癒すのに精をつける必要はないのか。
考えながら尋ねると、この方は首を振った。
「だって」
細い指先が俺達の夕餉の卓を示す。
其処に乗る、皿に盛られた魚を困ったように見て
「ラップもジップロックもないから、持ってってもらえなかったの。
生の時だったらそのまま持って帰ってもらえたのに」
「・・・成程」
天界語交じりだが、つまりは料理の後で運べなかったという事だ。
俺はこの方に頷くと魚の身を箸先でほぐした。
「だから今日は、4人分の魚なのよ。ヨンアも頑張って食べてね。
この暑さじゃ、残してもきっと傷んじゃうし」
四人分。幾らこの方が大食いとはいえ、それは無理かもしれん。
「このままほぐして味噌で練って、饅頭の具にするのです」
箸先で身を持ちあげて見せると、この方が驚いたように目を丸くした。
「魚でおまんじゅう?」
「はい」
火を入れねば魚はすぐに傷む。釣った魚を焼いたままでも日保ちはせん。
網にかかった魚が多すぎて死んだような時にはよくやると思い出し、この方へ伝える。
「好みの炒めた野菜と共に、火にかけて味噌で練ります」
「ヨンアって、ほんっとに何でも知ってるのね」
「戦場で兵に道端の菜ばかり喰わせるわけに行きません」
「テマンも言ってた。あなたが魚を釣って、食べさせてくれたって」
懐かしい話に、思わず目許が綻ぶ。確かにそんな事もあった。
腹を減らした小さな獣のような奴と、少し離れて焚火を囲んだ日が。
「はい」
「サバイバルクッキングってわけね」
俺の声に頷きながら、卓向うの細い肩が落ちる。
「タウンさんが留守の間、せめていい奥さんぶりを発揮したかったのに、料理も知ってるなんて。いきなり自信なくすわ」
「・・・良い妻です」
その声に途端に機嫌を直して顔を上げ、この方が大きく笑んだ。
「ほんと?!」
「はい」
「どこ、どこら辺が?」
「居て下さるだけで」
気遣いも、周囲への橋渡しも、俺の為にだけ笑い泣いて下さる事も。
これ程大きな心で、これ程真直ぐに向かい合われた事は無い。
今迄誰にも、総て伝わる天界のあの一言を教わった事は無い。
飯などどうでも良い。ただ共に卓を囲めれば嬉しい。
しかしどうやら、その答はお気に召さなかったらしい。
この方は不満そうに白い頬を膨らませると
「いるだけでって・・・具体的には?」
いつもならそんな風にはねだらぬものを、今宵はそれで済ませて下さる気はないらしい。
「それは」
「いるだけで良い、イコール他のことはダメって意味よね?
料理も洗濯も掃除もダメだから黙ってそこにいれば良いって、そういう事よね?」
「・・・イムジャ」
「ほめるところが見つからない時の常套句よね?」
流石に聞き捨てならん声に、鋭い音を立て卓へ箸を戻す。
「程々に」
「じゃあ、ヨンアに宿題よ」
この方はそう言うと、にこりと笑う。
「1日ひとつ、私のどこが好きか教えて。どこが良い奥さんなのか」
そして指を一本立てると
「私はね、ヨンアが何でも知ってるところが好き。頭の良い男性って魅力的だもの。ヨンアは?」
いきなり突き付けられた無理難題に、困り果てて息を吐く。
心で思うだけでは駄目か。無言で感謝を伝えるだけでは足りんか。
「・・・そうして、困らせる処が」
「それって、悪い奥さんなんじゃないの?」
「教える機会を下さるので」
苦し紛れに告げると、この方は嬉しそうに頷いた。

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うふふ 二人っきりだわ♥
さて 何しましょう
ゆっくりお話しして…
ウンスが気に入らない回答ですが
ウソ偽りなく
ヨンのそばに居てくれることが 一番なのよね~
お互いの 好きなとこか~
全てなんだけどね
365日毎日 言えるかも うふふ( ´艸`)
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一つ一つの言葉、会話、動作、景色・・だけで、こんなに甘く、温かい、二人の世界を描けるのですね。
ウンスが、良い妻になろうと頑張っているのに、何でもできてしまうヨン。
それでもウンスに
「・・・良い妻です」
と言ってあげるなんて、優しい。
ウンスからの
「どこ、どこら辺が?」
に、
「居てくださるだけで」・・・
いいですね。痺れる会話(*^^*)
拗ねたウンスに
「・・・そうして、困らせる処が」
(;_;)/~~~、エッ!
悪い奥さんってこと?私も思いましたよ。
でも、さすがヨン!!
「告げる機会を下さるので」
ヨンの勝利!!
こんな新婚の二人
『やってられな~い』アツアツで♪♪♪
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胸しめつけられた・涙(雨)・のお話の次に、新婚の頃!
胸の前で拳握って、やった~!と悦んでおります
幸せな壱乃夜♪
幸せな弐・参もふたりだけ?でしょうか(笑)
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さらんさん、こんにちは!
いくら心で思っていてもね、口に出さなきゃわからない事なんてたーくさん!
新婚だし、いい機会だもの、1日ひとつ好きなところ聞けたらうれしいですよね♪
新婚甘々タイム❤️
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さらんさん
こんにちは。
歯の腫れはひきましたか?
さらんさんの書くセリフで
「それ、悪い奥さんってことじゃないの?」
「告げる機会を下さるので」
ヨンとウンスのこういうセリフ!( 〃▽〃)
がとっても大好きです。(*^^*)
いつも素敵なお話をありがとうございます(*^^*)