2016再開祭 | 胸の蝶・捌

 

 

泥の中、上がった顔から真直ぐな目が俺の顔を捉える。
嘘偽りのない目で、飾らぬ声で女は言った。
「あの日、通りがかりの皆が私たちを口々に責めました。父を、そして私たち家族を。
けれどヒド様だけはそれに加わらずに、ただ頭を下げて頂きました」

己の斬った男の野辺送りで頭を下げるなど、反吐が出そうな偽善。
下げた覚えは全くない。あの時は笠で顔を隠そうとした、それだけだ。斬った相手の家族に顔を見られたくなかった。
勘違いの思い込みも甚だしい。 しかし女は膝をついたまま、疑いもせずに俺を見上げている。

「確かに父には、罵られても仕方のないところがあったかも知れません。
けれど私にとってただ一人の父で、祖母にとっては大切な子でした。
あの時、祖母が申しました。たったお一人でも、ああして送って頂いて嬉しいと。御礼をお伝えしたいと。
今はもう、父のところにおりますが」

そこで初めて泣き笑いになると、女は再び丁寧に頭を下げた。
「私と、祖母の分と。本当にありがとうございました、ヒド様」
「立て」

俺の声にも女はまだそのままでいる。その腕を乱暴に掴み、力任せに引き摺り上げる。
「良いか。俺は頭など下げておらぬ」

立った処で突き放すように手を解き、叩きつけるように吐き捨てる。
「笠を直しただけだ」
「それでも構わないのです。大切なのは祖母と私の心が、ヒド様に救って頂けた事です」

何を言っても通じぬ。これ以上どう説明しろというのだ。
お前の父を斬った俺が頭を下げる筈がないと、正直に言えとでもいうのか。
「俺は」
「ああ、ようやく御礼が出来ました!」

泥に濡れた衣にそぐわぬほど清々しい声で、女は言った。
「あの日からずっとお会いしたかったのです。ですから私、この後はヒド様の為なら何処にでも行きます。何でもします」
「ならば」

俺の視線に女は首を傾げた。
「はい」
「まず黙って歩け。これ以上一言たりとも話すな」
「はい!」

返事だけは立派なものだ。 それを聞きつつ懐から手拭いを抜いて、女の方へ差し出す。
「拭け」
「え」
「開京までまだ遠い」

泥雨に濡れて風邪でも得れば、帰京後のヨンの計が狂う。
それだけは避けたいと差し出した手拭いを受け取りながら、女は何が嬉しいのか、頬を紅くして笑った。
「ヒド様は、お兄様みたいですね。私に兄はいませんが」

この女、本当に馬鹿なのだろうか。
能天気な笑みに鼻白みつつ、俺は再び雨の山道を歩き始めた。

 

*****

 

「・・・ヒド」

帰り着いた開京は、既に闇に落ちていた。
降り頻る雨の中、くぐった門奥の東屋に腰を下ろしていたヨンとその横の女人が、頭から濡れそぼった俺達の姿に驚いたように腰を上げた。
「やだやだ、やだ!」
女人は繰り返し叫びながら、東屋を飛び出して雨の中を此方へ駆け寄った。
「ヨンア、タオ・・・手、拭い貸してもらってもいい?ヒドさんもこんな雨の中、無理して帰って来なくてもいいのに!」

叫ぶように言いながら俺の横の女に自分の手拭いを渡し
「こんばんは。大変だったでしょ?大丈夫ですか?寒いでしょう、こっちに来て?火鉢があるから、あったまって」
「あ、あの、いえ、あの」

この女も道中相当煩かったが、やはり本家本元の女人の勢いには敵いそうもない。
矢継ぎ早に射掛けられる女人の声に言葉に目を白黒させながら、困ったような顔で俺を見る。

突然起こった騒ぎに続いて東屋から雨の中へと出て来たヨンが、懐から手拭いを俺へと渡す。
そしてその外套を広げると黙って雨から庇うよう、女人を頭から包み込む。
眼の前に落ちた外套の影で初めてそれに気付いた女人が、ヨンを仰いで微笑んだ。

その微笑みを確かめてから、ヨンは眸だけで女を示して見せる。
視線に無言で頷き返すと、雨闇の中で東屋からの仄灯を頼りに、黒い眸が女を値踏みするよう確かめる。

永遠とも思える長い一瞬の後、奴の眸がようやく警戒を緩める。第一歩は合格という事か。
「飲むか」

ヨンは何事もなかったかのよう言うと、俺を見ながら東屋の方へ顎をしゃくった。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    パニャはヒドのこと覚えてたのね~
    まさか 父親のことを… 
    これはまだ知らないんだ
    能天気~は ウンスでだいぶ慣れてるせいか
    っていうか
    ウンス最強すぎて パニャはまだまだかもね(笑)

  • SECRET: 0
    PASS:
    ヨンが大好き!
    これは、永遠に変わらない気持ち。
    こんなオバサンでも許して欲しい。
    4番のレジ、4の付く座席、4の付く場所…
    探しまくって、できるだけそこを利用している私です。
    …が、
    さらんさんのお話の、ソンジンも、ヒドも、
    とっても魅力的な男ですよ。
    現代の、頭脳明晰なテウも、勿論魅力的ですが、
    個人的には、ソンジンやヒドの方が気持ちに合うみたい。
    リクエストのお話ですから、ソンジンだったり
    ヒドだったり…の希望も当然ありますよね。
    私は、それもとってもうれしいです。
    ただ、むしょうに、滅茶苦茶逢いたくなる
    さらんさんの、ヨンとウンス。
    ヒドのお話、堪能しています♪
    …が、
    ヨンとウンスに逢いたいのは、本能ですね。

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