2016 再開祭 | 棣棠・壱

 

 

「テマナ」
今夜の宴の酒楼に向かって歩く道、並んだ男が俺を呼ぶ。
この町が好きじゃない。 最初から好きじゃない。何でこんなに嫌なんだろう。
さっきみたいに空を眺めて、風の中の鉄の匂いを嗅いで思う。

西京は有名な鉄の町だ。ここでこしらえた武器はいろんな軍衛でも使ってる。
迂達赤だけは大護軍が仲のいい鍛冶屋に直接頼んで、特別に巴巽で作ってると聞いた事がある。

俺だって兵だし、袖口に手刀を忍ばせてる。鉄礫だって使う。別に鉄が嫌いなわけじゃない。
それなのに胸のはしっこがざわつく。まるで嵐の前みたいに。

山の中、まだ空は青くて、ただ雲がすごい早さで流れている。
湿った風だけが逃げ場を奪うみたいに、飛び移る前の狙いをつけた目の前の枝を折れるほど揺らす。

避けられっこない。嵐の行き先を決められるのは天だけだ。
出来るのは。

「おい、テマナってば」

握った大槍の石突を地面に突き立てて、痺れを切らしたような声でもう一度呼ばれて、我に返って声の主の顔を確かめる。
「あ、あ、悪い。なんだ」
声の主トクマンは、呆れたみたいに息を吐く。
「どうしたんだよ。おかしいぞ、お前まで」
お前まで、の他の人が誰の事かはよく分かる。
そしてその人がおかしい理由だって、俺達は誰より分かってる。

あんな大切な女人と会ってしまったら。必ず待ち続けるって決めてしまったら。
そしてきっと、医仙も探して呼んでる。俺には分かる。

だって殺したいくらいに憎んだから。そして死んでも守らなきゃと思ったから。
大護軍と医仙が、もう一度会える日まで。

俺には一体何が出来るだろう。目障りな奴ら、嫌な奴らを大護軍のそばに寄せないこと以外。
「トクマニ」
「何だ」
「俺達、どうしようか」

突然の俺の声に困ったみたいに眉を下げて笑うと
「俺達も待つさ」
「待つのは大護軍だろ」
「そうだな、じゃあ・・・」

トクマンは考え込むみたいに、立てた大槍に体を預けた。
「大護軍を笑わせよう。一緒にいられる時は、少しでも多く。な」
「・・・うん」
「お前まで沈み込んでどうするんだよ!」

そう言って俺の背を叩いた後に、さっきまでの笑顔が固まる。
背の高い奴は高いところから、俺の肩越しの通りを見つめた。
「どうしたんだよ」
「・・・・・・いや」

その体を預けてた槍の石突が嫌な音で地面にこすれる。
それを握ってる手だけじゃない、大きな体が震えてる。
「おい、トクマニ」
「違うに決まってる・・・けど」
真っ白な顔でそう言うともう一度、奴は俺の肩越しの通りを眺める。
まるでそこにありえない何かを探すみたいに。

「テマナ、俺ちょっと」

そう言って答えも聞かず、大槍を握ったトクマンがいきなり通りを走り出す。
「お、おい、トクマニ!」

必ず行くから先に行ってくれ。そんな声だけが、通りを行く人波の向こうから返って来た。

 

*****

 

待ち合わせの酒楼の部屋。
トクマンとのやり取りで遅れた俺は一人きり、気まずい思いでその戸を開ける。
もうそこには大護軍と隊長が、西京将師や西京の軍の上官たちと並んで座ってた。

並んだ油灯や蝋燭が、目に痛いくらいまぶしく光る部屋。
壁には見たこともないくらい、きれいな絵が張ってある。
大きな卓の上には、足が折れるほどたくさんの酒瓶と食べ物の皿が乗っている。

隊長が席から開けた戸を確かめて俺だけなのを見つけると、小さく首をひねって聞いた。
「トクマンはどうした、テマナ」
「ああの、通りではぐれて。必ず行くから先に行けって」
「一体何をしとるんだ、落ち着かん奴だな」

その困ったような声に頭を下げる。
「すいません、大護軍」
「構わん」

大護軍は本当に気にしてないようにあっさり言うと、そこに並んだ他のみんなに頷いた。
「刻が惜しい。一先ず、今宵は持成し忝い」
その声に他のみんなが一斉に頭を下げる。
「此度の話は他でもない。西京将師」
「はい、大護軍」
「次の戦での右軍将を頼みに来た」
「え」

西京将師が言葉に詰まる。その答えも分かってたように、大護軍はいつも通りの声で言った。
「頼んだ」
「大護軍、自分にはまだ無理です。右軍を率いるなど」
「中軍は俺が率いる」
「大護軍直々に、ですか」
「そうだ。夏の北伐」
「故領奪還ですか。夏と言えば、あと三月もないのでは」
「そうだな」

また北に行くのか。大護軍の声を、卓の一番端の席で聞く。
構わない。連れてってさえもらえるならどこにだって行く。都に残らなきゃいけない奴の分まで、俺が大護軍と一緒に。

みんなが心配してるんだ。一緒に行きたいのをこらえてる。俺は大護軍の兵だから、そのみんなの分まで大護軍を守る。
医仙が帰って来るまでは、大護軍が元気でいられるように。

それなのに、大護軍と一緒にいられるのに、何でこの西京将師って男はこんなに断ろうとするんだろう。

「自分では戦歴が足りません」
「戦に出ねば足りぬままだ」
「大護軍を守るどころか、足手纏いになり兼ねません」
「守れとなど言っておらん」
「大護軍、今の故領奪還が王様と大護軍の積年の夢と、皆が知っています。自分のせいで水を差すなど」
「クォン・ジェク、だったな」

いきなり名前を呼ばれて、西京将師が言葉を切った。
「は、はい、大護軍」
「良いか」

大護軍は大きな卓の上席で体をねじると西京将師に向き合った。
「お前の部下、腹心が其処にいる」
そう言って、西京将師の横に並んでいる他の西京軍の列を指す。

「お前の一言で、そいつらがどれ程不安になるか考えろ」
その声に西京将師の横に並んだ男たちが四、五人、大護軍の方をじっと見た。

「力が足りん、戦歴がない、そんな男に従わせるのか」
それでも西京将師は、まだ頷かない。
「しかし自分のせいで大護軍の戦歴に疵が付けば、大護軍は勿論の事、この者らにも顔向けが出来ません」
「ならば」

大護軍の堪忍袋の緒は誰より短い。そして声は誰より少ない。
「勝て」
「それ、は・・・大護軍」
「四の五の言わず勝て」
「西京将師」

さすがに隊長が助け船を出すみたいに、西京将師を呼んだ。
「はい、迂達赤隊長」
「大護軍は見込みのない者に目を掛けるほど、気は長くないぞ。好機と思って受ければ、必ず後々役に立つ。
大護軍と共に戦場に立つのは、兵なら滅多に叶わん夢だと思うが」
「だからこそです。自信がありません」

ああ、この西京将師って人は、正直なのか。怖いのを怖いって言う人を、また一人大護軍は見つけた。
だからきっと、いい仲間になってくれるはずだ。俺の大護軍の勘は絶対に外れないから。

「俺も怖い。己の事でなく、大護軍の下に付く者として。その名に疵をつけるのが」
「迂達赤隊長」
「それでも共に立てる誇りが勝つ。そして大護軍に鍛えらえれば、どの兵も必ず強くなる」

隊長の声に西京将師が静かになった。
そして大護軍は、答えを急がせるようなことはない。
目の前の卓の上に置かれた盃を指先で揺らしながら、西京将師の次の声をじっと待ってる。

部屋は静まり返って、蝋燭の芯の燃える小さな音が聞こえる。

西京将師が心を決めたみたいに顔を上げると、自分に向かい合ったまま待ってる大護軍を見て、頭を下げた。
「大護軍の、命に従います。よろしくお願いします」

その声に部屋中の男たちの顔に笑いが広がった。
西京将師の横にいた男が立ち上がって俺のすぐ横の扉を開けると、暗くなり始めた廊下に言った。

「妓女を呼んでくれ」

その廊下から走る人の足音と、はいただ今、って声が聞こえた。

 

 

 

 

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