2016 再開祭 | 神技・結肆

 

 

袷の胸元の肌に掛かる温かな息を感じ、気付かれぬよう眸を開く。
腕の中に伏せた長い睫毛、
窓の光に透けるそれは揺れる事も無く、静かに閉じている。

ようやく眠ったか。

頑固な方だ、何処までも。
泥のように疲れていても、こうして強引に組み敷かねば仮寝も取らん。

柔らかな髪を撫でていた指先を止め、再び眸を閉じ己の息に集中する。
肚で大きく吸い、体の隅々まで巡らせて、邪気と共に細く平たく吐く。
丹田に気を溜めて余りを吐き出すうち、徐々に手足が軽くなって行く。

最後に吐き切り、眸を開ける。

腕の中のあなたは、何も変わらずに眠り続けている。

調息をするのに、何故あなただけはこれ程近くに置けるのだろう。
今まで運気調息をする俺の側にいられたのは、鍛錬を授けてくれた師父と、そしてヒドだけだった。

何方も同じ内功遣いだ。それ以外の気配は全て気を散らすものだった。
例え叔母上でも、そしてあの頃のメヒでも、調息の時は決して側に寄せる事は無かったのに。

魂の片割れとは、離したくないとは思いこそすれ、邪魔だと思うなど決して無いのだろうか。
この方はそんな想いを知る事もなく、ただ心地良さげな寝息を立てている。

触れるなと拳を握り込む。
今は眠って欲しい。何も考えず。

そして次に起きた時には大丈夫だ。 いつものあなたに戻っている。
疲れは消え、頭は冴え、生意気な顔で俺に向かい指図するような。
肝を冷やすような無謀さで、考えも及ばぬ事をやってのけるような。

こうして二人きりになったのが失敗だったとは決して思いたくない。
しかし肚の邪気はすっかり吐けても、邪心の熾火は消える事を知らん。
腕の中のこの方を払い除ける事も、しかしこの指を伸ばす事も出来ず。
せめて邪な慾を吐き出そうと、碌に残っていない息を無理矢理に吐く。

ようやく深く眠ったこの方を、伸びた不精髭で傷つける訳にはいかん。

 

*****

 

小さな笑い声の気配が、閉ざされている筈のウンス殿の部屋の扉の隙間から流れてくる。

私たちに気を遣い、声を低くしているのが判る。
そんな事をする必要はないのに。
お二人が顔を見合わせ目と目で笑い合うのを見れば、私たちは誰も皆、心から倖せに思えるのに。

それが証拠に、チェ・ヨン殿が典医寺に治療の逗留をして三日目の今日。

お二人の気配を感じつつ、診察部屋も薬室もがいつもよりも和やかな空気に満ちている。
その明るさや温かさは、決して窓の外の初夏の陽のせいではない。

一人の薬員がチェ・ヨン殿の昼の薬を煎じながら嬉しそうに
「腎陽がこれ程早く快癒する病とは知りませんでした」

そう言って私を振り返る。 その声に首を振り
「チェ・ヨン殿だからです。並の者では絶対にこうはいかない」

皆が得心したように頷く中、一人の医員が加えるように
「ましてやウンス様がああして一日中お傍にいらっしゃれば、尚更ご快癒も早いでしょう」
尤もだと部屋中の皆が、それぞれ嬉し気に頷いた。

 

「おーもーい!」
寝台の頭板に枕を重ね、そこに凭れて寝台へ投げ出した脚の上。

載せた己の頭で、細い脚を潰さぬようにだけ気を配る。
膝枕の上の俺の髪を細い指で梳り、あなたはふざけた声で笑う。

「こんなに重いのは、多分髭が伸びちゃったせいよ」
髪を梳っていた指がこの口許に伸び、生えかけた無精髭を撫でる。
「そろそろ剃ろうか?どう?」
「・・・はい」

頷くとその瞳が嬉し気な三日月に細まった。
「じゃあ待ってて。道具持って来るから」
「厭です」

膝枕に頭を預けたまま、逃げられぬように片腕で細い腰を抱く。
「だって、剃るんでしょ?カミソリと石鹸持って来なきゃ」
「厭です」
「イヤイヤってヨンア、駄々っ子じゃあるまいし」
「明日で」
「明日でいいの?」

心地良過ぎて、頭を退ける気になどならん。
こうしてこの方を昼日中から独り占めできる事など滅多に無い。
それだけは病を得て良かったと思う。
これでこの方を無理させずに済むなら、治らずにいたいとすら思う。

そうなればあなたが悲しむ事が判っているから、願いはせずとも。
こんなにも穏やかな刻の流れは、瞬きの間に消えると知っている。

今こそが夢だ。しかし夢でも現でも、其処にあなたが居れば良い。

「じゃあ、髪の毛結んであげようか?伸びたから邪魔でしょ?」
目許に落ちかかる髪を細い指が束ね、そのまま髷を結い上げるよう頭の上に纏めて上げた。
「・・・ああ、やめとく」
この方は何故か声を低くして、その細い指を解く。

途端に再び目許へ落ちて来た髪を指で払い、膝からその顔を見上げる。
「どうしました」
「おでこ出すのははダメ。似合わない」

男が額髪を上げようが下そうが、髷を結おうが結うまいが。
要は前後左右が見渡せ、戦時に邪魔にならねば何でも構わんだろうに。
「あ!」

この方が思い立ったように俺の頭を膝に乗せたまま、その腕を寝台脇の小卓の抽斗へ伸ばす。
引張り出した髪紐を片手に暫くこの髪を弄んだかと思うと急に指を止め、愉し気に大声で笑い始めた。
「あはははは、可愛い、似合う!」

その声に思わず髪へと指を伸ばす俺に
「ああ、触んないで。ほどけちゃう。ちょっと待って」
あなたが小卓の上、全てを映し取る天界の銅鏡を取り上げ
「ほらあ、すごく可愛いでしょ?!」

そう言って鏡面をこの眸の前に突き付ける。その中に映し出された姿。
疑うべくもない。
全てがそっくりそのまま、この方の瞳に映ったものと同じだろう。

暫く切らずに伸びた髪を耳横の上で二つに結んだ、出来損ないの兎のようなその姿。

余りの情けなさに、俺は茫然と天界の銅鏡の面に見入った。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    この患者さん 甘えんぼです~!
    ま、 滅多にないことだから いいか~
    ( ´艸`)
    そして オデコ… 禁止からの ウサチャン
    (/ω\) あははは
    遊ばれる~
    イチャイチャ♥
    こんな時間があっても いいわよね~ ふふふ

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    さらんさんのヨン、今日は、すっごく可愛い!
    ウンスに甘えるヨンは、とっても愛おしい!
    せっかく掴まえたウンスの膝上…
    最高の膝枕のはず!
    イケイケ、ヨン!!
    ウンスを離すな、ヨン!!
    ウンスが縛ったヨンの髪…
    想像しかできないけれど、大笑いです♪♪♪
    ミアネヨ…ヨン(やはり、笑える…)

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    すみません記事のコメントではないのですが・・・私事ですが今朝から急にアメンバー記事が読めなくなりましたなぜでしょうか?

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