2016再開祭 | 秋茜・拾壱

 

 

王とソヨンが橋から動き出すのを確かめ、木陰を抜ける。
あの二人が眺めていた方角、先にあるのは仁王山。
身を隠していた木陰からでは、そこに何が見えたのか確かめる術はない。

木陰を抜け改めて振り返る山肌、揺れる赤い布。
あの布を見ておったのか。何の為にと首を捻る。
背後に内侍や尚宮を従え、二人でかなり長く立ち話をしていた。
その間も周囲に怪しい気配はなかった。

俺が去ればパク・ウォンジョンも衛については気が抜けまい。
己が抱え出した王に万が一何かあれば、己自身の首が危うい。
意地でも守らざるを得ぬ。王への忠義心ではなく、己の為に。
これから仲秋節を迎え、宮中に見知らぬ者の出入りが増える。

高官の夫人や家族、祭祀を執り行う僧や儒学者、成均館の学生。
その一人毎を全て誰何し、動向に目を光らせる事は不可能だ。
兵を総動員し、何があろうと身を挺して王を守るしかない。

宮廷の兵、いや朝鮮の兵は攻め処守り処を知らぬ。
無駄な動きは多過ぎて、肝要な処は見逃している。
王から三歩の処にいるのは、最精鋭の七人で良い。
七方陣を敷ける最低限で十分だ。
それ以上大人数を配せば却って互いが近くなり、動きの無駄が増える。

次に二重の陣を敷き、出入りの門と屋根を守る。
門は破られた時、屋根へ潜まれ矢を射掛けるのを阻止する為。
最後は会場全体を見渡せる壁に添い、五歩から七歩の間隔で配す。
目端が利き、すぐに走り出せる足早の兵が良い。

石橋を渡り、池の畔を遠くなっていく王の一行。
もう良いだろうと逆の畔を歩き出す。

先刻医官長と女が血相を変え、内医院を飛び出した時には肝が冷えたが。
少なくとも俺の不在で、王が女を責めている様子はなかった。
それだけが気掛かりだったのだから。

宮廷の通用門を数度超え、そのたび禁衛の号牌を見せている。
衛士が止める気配は全くなかった。
全員が俺の顔を確かめ、姿勢を正して丁寧に頭を下げて来た。

新しい衛の計画書は禁衛に残して来ている。
気紛れに姿を見せたり消したりするとはいえど、王から左遷の命がない限り、名目上はまだ把摠。
そうでなくばこの号牌を確かめておきながら、あのように門を通すまい。
その残した書であれば、王の手に渡される可能性はある。

これ以上、朝鮮で為せる事は何か残っているだろうか。
残っていないとすれば、劉先生の許へ戻れるだろうか。
そしてウンスの許へ行きたいだろうか。
どちらの許へであれ、堂々と胸を張り帰れるだろうか。
あれ程他者の為だけに真直ぐ生きる人の許へ帰り、平然とその傍にいられるのだろうか。

俺は見捨てるのだろうか。
ああして望まぬ重責をその両肩に負い、自身に苛立つ若き王を。
そして心から望んだ医女として一歩をようやく踏み出せた、不器用で一途で無茶な女を。

周囲を守る兵は余りに頼りなく、利権の為に他者を平然と踏み付ける者らで溢れている。
反正で王の首を挿げ替えるという事は、新たな王も常に同じ目に遭う危険を孕んでいる。
二人の者の困難な道の先が見えていて、それでも見捨てるのか。

最後に肩越しに振り向き、青い葉陰に消える一行を確かめる。
王を先頭に女が従い、そしてその後に内侍と尚宮らが続く。
女は宮中作法の通り、王の背から三歩の距離を取っている。
相も変わらず、妙な処だけ義理堅い。
俺相手の時は法度も何もなく、平然と懐に入って来るくせに。

今は背しか見えぬ王が女と並んで仁王山を眺めていた、穏やかな表情を思い出す。
即位以来いつでも苛立っていた顔に、久々に浮かべた笑みを。

夏色を残したままの下草を踏み締める足が動かない。
見ていても仕方がないのに眸が離せず、一行が完全に見えなくなるまで立ち尽くす。

穴が開く程こんなに見ておっても全く気付かんとは。
周囲の内侍も兵も、気配に鈍すぎる。そして誰より。

再び歩き出す池の畔の下草が、乱暴な足取りに乾いた大きな音を立てた。

離れればそんなものだ。
あれこれと付き纏い、倖せだ何だと此方が気恥ずかしくなるような事まで口にしようと。
斬りつけられ血を流しながらも、生きなさいと叫ぼうと。

離れてしまえばそんなものだ。
この世に変わらぬ永遠はなく、人の心は移り変わる。
どれ程打ち消そうとしても、心にいつの間にか鳶色の瞳より黒い目が思い浮かぶように。

忘れるな。思い出せ。見つけろ。
決して離すな。一人にするな。

日に日に誰のものとも判らぬ声が、耳奥に強く響くようになる。

一体誰をだ。お前は誰だ。俺に何をしろと言っているんだ。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。ご協力頂けると嬉しいです❤
にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

2 件のコメント

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です