2016 再開祭 | 棣棠・拾壱

 

 

「聞きたい事は」
「俺の待つ方は、帰って来ますか」

ある種の易者にあるような胡散臭さは感じない。
それもその筈、つい先刻まで目前で酔いどれていた女人だ。

場所を移った訳でもない。
香を焚き染め薄暗く閉ざし、幾重にも薄い紗で覆った一室なら雰囲気も出よう。
だが此処は相変わらずの寂れた、風の吹き抜ける酒房の片隅。

ただ面白い事に、向かいの女人の纏う気配だけががらりと変わる。
その瞳の色は懐かしいあの方のものではなく、かといって天界の医術道具を握った時のものとも違う。

俺の揺れも痛みも構わず、己のも此方のも一切の感情を廃した、冷徹なまでに澄み切った瞳。
女人は暫し此方を一顧だにせず筮竹を操り、次にそれを算木に照らし合わせたのだろう。

瞳が上がり、つい先刻まで酔っていたとは思えぬ確りとした声が戻る。

「火雷噬嗑」
「からい、ぜいごう」
「太陽と雷の組み合わせ。活動力は旺盛。しかしながら何かしら明確でない邪魔者か、障害が存在しておる」
「太陽と雷・・・」
「この障害はあなたになら取り除ける。強き信念と意志を持って状況を打破なさい。粘り強く」

如何返答して良いのか判らん。
まさかこの女、俺が雷功遣いだと知って舌先三寸の出任せではあるまいな。
そんな胡乱な表情まで読み取ったのか、女の表情が一変する。
先刻までの酔いの戻りかけた瞳で

「あー。大護軍様、信用してないでしょう。易には信じる心が一番大切なのに」
そんな風に独り言ちる姿も、あの方を思い出させる。真実を知った後の今ですら。

「では、如何すれば再び逢えますか」
重ねて尋ねると再び暫しの沈黙。筮竹と算木を繰った後で
「天火同人。今は孤独に苦しみ、物事がうまく進まぬと悩んでも、心広く人と接し志を共にする者と居れ。
それがこの先の道を開く。何れ安易な道を選ばず、初志を貫徹する事」

女人は断固たる口調で言い切った。
そう言われれば、そんな気にもなって来るから不思議なものだ。
「興味深い」

卓上の筮竹を集め、丁寧に袋に戻した女人はそれに微笑んだ。
「大護軍様」
「はい」
「必ず帰っていらっしゃいますよ。私の易は当たります。今宵は特に自信があります」

それこそが今宵、あなたと同じ姿形の女人が授けて下さった、最大にして最高の宣託であり希望。

「私と似ているんですね、きっと」
「はい」
「どこが?顔ですか?」
「・・・全て」

顔も、姿形も、声も、指先さえも。
愛おし過ぎて奪えずにあの日ただ握り、櫻貝色の爪先に口づけた。
その明るさも屈託のなさも、俺を大護軍と知りながら物怖じせぬ妙な度胸の良さも。

恐らくとても懐かし気な眸をしたのだろう。女人はそんな俺に穏やかな瞳で頷いた。
「とても大切にしていらっしゃいますね」
「・・・はい」
「大切な占で、本来ならもっと集中しなければならないんですが・・・一杯引っ掛けてしまったせいか」

女人は不本意そうに顔を顰める。本気で尋ねたかった訳ではない。
けれどこの方・・・いやこの女人がそんな顔をするから、放って置けずつい訊いてしまう。

「何か」
「大護軍様の、その大切な方の事。不思議な答が出ました」
「・・・如何様な」
「先の女、けれど、昔の女」
「・・・先の、女」

飛び出て来た、当寸法だけとは思えぬ声に思わず息を呑む。
委細を知る訳のない女人は、己の出した占に不思議な顔をしている。
「ええ。普通ならこの先出会う女人となります。けど大護軍様は、もうその方と会っていらっしゃる」

あの方を天人だと知り、天人だと呼ぶ者は大勢いる。
けれどあの方が先の世からいらしたと知っているのは、俺以外にはごく限られた数名だけだ。
王様、王妃媽媽、そして亡き奇轍。

「そして昔の女・・・大護軍様はその方を、大層長い間、ずっと想っていらっしゃいますか。
十年二十年、いえもっと・・・でも、大護軍様御自身が、そんな御年ではないですし。
百年もその御姿なら仙人ですから」
「昔の、女・・・」

此処まで当たれば疑う気も失せる。
もしもあの方が天門を抜け、あの方の元居た先の世ではなく、高麗より以前の世に居られるとすれば。

先の女、昔の女。 この女人は本当に神託を受けたのだろうか。
あの方とそっくり同じ顔、同じ声で、俺達の過去と先をこうして預言する為に遣わされたのだろうか。
ならば一晩寝ずに考えた俺の狭量な思案など、遥かに凌駕している。

「必ず戻ります。心配されず、状況打破の為に今出来る事を」

あの方と生き写しの姿に向かい合い、同じ声での宣託を授かる。
まるであなたに今此処で、言って頂いたような錯覚すら起こす。

――― 必ず戻る。心配しないで、今出来る事をして。

春の宵、背筋の寒くなる想いで、眸の前の生き写しの顔からも声からも眸を背ける事が出来ない。

「さあ、話は終わりです。当たるも八卦、当たらぬも八卦。もう少しお飲みになられますか、大護軍様」

陽気な声と共に女人の傾けた酒瓶の酌を受けながら、この頭も心も既に遥か彼方へ飛んでいる。

北の天門。この世で唯一の拠り処。この神託を現実と成す処。
あの方の帰る処、あの方を待つべき丘。

この状況を打破する為に。信念と共に、初志貫徹する為に。

 

 

 

 

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