2016 再開祭 | 神技・序章

 

 

【 神技 】

 

 

寝苦しい息の間に声を聞く。

「鬱金や七葉胆、刺五加、決明子という手もありますが」

その問う声に、あなたの声が低く応える。

「悪くはないけど脈診の限り、現状で最優先なのは腎臓だと思うわ。
急性腎炎なら食事制限と食欲、体力回復。五苓散は?」

どうしてそんなに低い声で話すのだろう。この声は駄目だ。
何処か辛いか。何かあったか。

眸を開こうにも上手く開かず、声の在処を指先で探る。
探すあなたの声に尚低く、先刻の声が厭わし気に告げる。

「肝腎には密接な繋がりがあります。脾が弱り気力が落ちて、肝から毒が体に廻る。
それを腎が排出しきれていないのでしょう。高熱の後の吐き気、食欲の落ち、舌診は淡。
水腫は出ていないが」
「メイ・・・主は腎で行きましょう。脾は副で。鍼は?」
「劇症期に打つのは却って危険です。臍周りに灸を」
「お灸?腎陽虚ってこと?」
「今は何とも言えません。脾腎両虚で、どちらの症状も見られます。
ただ鍼が打てぬ以上、まずは灸で様子見を」
「急性腎炎なら短期決戦よ。劇症だけど回復も早い。この人の体力と、高麗の医学に賭けるわ」
「判りました」

ああ、昏いな。

巧く眸が開かない所為なのか。それとも今が夜なのか。

ぼんやり想う俺の横、微かに揺れる灯が瞼の奥に赤濃淡の影を落とす。
夜だ。恐らく眸に障ると、灯を落としているのだろう。

昏さの理由に安堵し伸ばした指に、ようやく柔らかな絹の端が触れる。
その途端、触れた絹の纏い主の細い体が跳ねる。
「ヨンア?起こしちゃった?」

抑えた声で問うて、温かな息が頬に掛かる。
「大丈夫よ。典医寺だから。安心して、私ここにいる」

泣くな。泣かないでくれ。あなたが居れば大丈夫だ。判っているから。

もう眠れる。あなたが居れば大丈夫だ。

頬を撫でる温かな息の出所を探し、指先の行方を変える。
此度その出処は探すまでも無く、俺の指先を迎えてくれる。

指先に唇を受け、俺はもう一度眸を閉じる。

 

*****

 

「腎生研さえできれば一発なんだけど」
「じん、せいけんですか」
「そう。簡単な検査よ。試薬と機器さえあれば」
「・・・無理をおっしゃらないで下さい」
「分かってるわよ!」

さっきまでより呼吸が安定し始めたこの人をベッドに寝かせて、私たちは静かに部屋を出た。
これ以上あそこで押し問答したって仕方ない。あの人の安眠の邪魔になるだけ。

思わず吐いた弱音に真顔の正論で返されて、どうにか声を押さえて怒鳴り返す。
患者の病状に関する話やカンファレンスは、夫とはいえ患者本人の前で口外して良いものじゃない。

それくらいのプロ意識は、今だってあるわ。どれ程離れたくなくても。
部屋の前、扉が閉まってるのを確認してからキム先生に振り返る。
「気になるのは先週のあの人の様子。夜中に咳してたし、熱っぽかった。
タイミング的には気管支炎か風邪からの急性糸球体腎炎の可能性が一番高いんだけど・・・
それなら、慢性化させるのが怖いの」
「御覧なさい」

先生は呆れたように、そんな私に首を振った。
「検査とおっしゃるが、チェ・ヨン殿の体を御存知のウンス殿の所見が一番確かです。
四診でお感じになったのでしょう。脈も、舌診も。
そのウンス殿がおかしいと判れば、薬湯を煎じて」
「先生」

それでも確実にしておきたい。分かる範囲でいいから。
血尿。排出されてしまう蛋白質。ブドウ糖。フェーリング液を作るのは無理としても、AG反応が分かれば。
精度が高い検査には過酸化水素が必要だけど作れない。
分解する電気が、そもそもないんだもの。

それなら何が出来る?
アンモニア性硝酸銀。火薬が作れるこの時代。あの時あの人に教えた。
アンモニアには、トイレの下の土。アンモニア水溶液に硝酸銀。
「先生」

硝酸銀。この時代だってミョウバンは手に入る。
紀元前の古代ローマ時代から、いろんなものに使われてたはず。
典医寺のどこかでも見た覚えがある。洗眼やうがいに使うために。
それだけじゃない、汚れた水の沈殿、食品の発色、天然の食品添加物。

「ミョウバン、あったわよね?」
「白礬ならあります」
「どう違うの?」
「より白いものを白礬と呼びます。
王様の洗眼や含嗽に用いますので、典医寺では白礬のみ用意しております」

硝酸。硝石。ミョウバン。
「トイレの土を濾した液、まだ残ってた?」
典医寺用に作っておいたアンモニア。ないなら作らなきゃいけない。沈殿と分離に時間がかかる。
「ございますが・・・匂いがきついので、薬倉からは離れた倉に置いてあります」

確かに先人の知恵ってすごいなあとは思うわ。
思うけど、こうこう毎回他人のトイレの土にまみれるなんてね。
ちょっとうんざりするけど、仕方ない。誰も知らないんだもの。
あの人のためなら、やってやろうじゃない。

もう一回、未練たらしくあの人の眠る部屋の扉を振り返る。
ごめんねヨンア。すぐ帰って来るからちょっとだけ寝てて。
これ以上ここにいたら、また顔を覗きに行っちゃいそう。

後ろ髪を引かれる思いで、私は無理矢理そこから歩き始めた。

 

 

 

 

「鬼の撹乱」のときよりちょっとだけ重病(?)のヨン。

ウンスがお庭で育てた薬樹や 今まで勉強してきた知識をフル活用して

治療、看病をするお話。ウンスに甘えるヨンの お話がヨンでみたいです。

(しづさま)

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    ふふふ 病人ですもの
    いつもは ウンスだけど
    ここぞとばかりに 
    甘えちゃうのもね いいかも~
    ウンスも甲斐甲斐しく… 
    主治医として 妻として
    看病してあげて~ ( ´艸`)

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    ヨン、体、無理したのかな…。
    ウンスが、一生懸命に治してあげようとしているから、きっと良くなりますよ!
    風邪より酷いみたいね…。
    心配だけれど、ウンスの医学の力と愛の力で、きっと、治してもらえますよ!
    侍医も、尽くしてくれますよ。
    ヨン、頑張ろう!!
    今まで、自分の役職やウンスのために気を配ってきたのですから、少しウンスに甘えてみよう!

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    さらんさん、こんにちは!
    新商品ありがとうございます♡
    ヨン大丈夫ですかねo(*;ェ;o')
    どうやら腎臓が悪いのかな?
    この時代正確な診断も出来ずに、ウンスも不安ですよね。
    しかもヨン意識が朦朧としてるのかな….?
    触りたくない物でもヨンの為!誰もやらないなら自分がやるしかない!
    ウンスファイティン!!(๑•̀ㅂ•́)و✧

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