2016 再開祭 | 春夜喜雨・拾捌

 

 

「大護軍!」

珍しく三頭で駆け付けた門前。
大斧を頭上で振って構え直した男は、頭から泥にまみれた俺を大声で出迎えた。
紅さの残る夕空を背に、門横の篝火に照らされ半ば黒い影になった男は、更に一廻りでかく見える。

「久し振りだな」
そう言う馬上の俺を見上げた後に、奴は愉し気に噴き出した。
「酷い成りだ。早く水を浴びろ」
その声を尻目に、跨った鞍上から滑り降りる。

「馬たちが先だ」
「俺達が洗うから構わん。早く入れ」
「いや」
その提案に首を振り、横の馬上のこの方へ懲りずに腕を差し伸べる。
此度は素直に従って、その細い体を支える掌は拒まれる事は無い。
身を委ねるこの方の腰を支え、鞍から降ろす。

「久し振りだな、ウンスも元気か」
「お久しぶりです!」
「鍛冶のあの輪はどうだ」
「着けてますよ、ほらね?」

誇らし気に上げる小さな左手、夕焼けに光る細い薬指の金の輪。
泥だらけのこの方の笑顔に頷いて、男は続いて下馬したチュンソクを鋭い眼で見つめる。
「迂達赤隊長か」
「はい」

チュンソクが巴巽村を訪う事は多くない。
以前武器の調達で、ほんの一、二度訪れたくらいのものだ。
気心の知れた仲ではない奴らは警戒を緩める事無く、互いに僅かな距離を取る。
「チュンソカ」

普段ほとんど呼ばん親し気なその呼び方に、チュンソクが怪訝な顔で振り向いた。
「・・・はい、大護軍」
「医仙と一緒に、先に入れ」
思っても見ぬ命なのだろう。俺もそんな事を言うつもりは無かった。
そしてこの方自身も、何だという顔で此方を見詰める。

「大護軍は」
「馬たちを洗う」
「いえ、それなら自分が」
「良いから入れ。これを持って行け」
纏めていた天界の道具の包をチュンソクへ渡し、追い払うよう手を振る俺を見て門番がまた笑う。

「入れとさ、隊長」
「いや、自分は」
「おい!」
大男はチュンソクの抗議を無視し、門脇にいた村の民に向かってチュンソクとこの方とを指した。
「隊長と奥方を、先に村長のところへ案内しろ」
「はい!」

民が手招きしながら二人を先導する。
「こっちです、どうぞ」
その声に招かれながら、
「後でね、ヨンア」
チュンソクに守られるあなたが振り向き、俺にひらひらと手を振る。

「待ってるから、早く来てね」
「村長に挨拶したら、先に風呂に」
「いやよ。待ってる」
「イ」
「待ってるから、だから後でね」
「・・・おい、大護軍よ」

大男が呆れたように首を振ると
「毎度仲が良いのは結構だがな。みんな待ってるぞ」
そう言って足を止めて待つ先導の民とチュンソクを顎で示す。
頬を赤くして最後まで振り向きながら、門向こうに消える小さな背を見送る。

あの方の背を眸で追う俺の様子に仕方ないと言うように笑い、
「さて、こいつらを洗ってやるか」
大男は馬たちの鼻先を順に撫でると、手綱を纏めて片手で握る。

頷きながらチュホンを牽き、俺はその背に従った。
その先に厩があるのだろう、門を入ってすぐの垣に沿って歩きつつ
「命より大切な奥方を預けるって事は」

牽いた馬たちが泥濘を進む湿った音の合間に、男の声が混じる。
「あの隊長は、信頼できるって事だな」
「ああ」
「なら良い」

満足気に頷いて片手の大斧を握り直し、
「大護軍が連れて来たとは言え、信用できん男ならぶった斬るとこだ」
男は涼しい顔で当然のように言い放つ。

そんな男だと判っているからこそ、あの場で敢えてチュンソクにあの方を任せた。
こいつの肚も判る。鉄の神とその秘法を守る村。外からの訪問に注意を払うのは当然。
だから口で百を言うより一を見せる方が良い事もある。
さて、言ったからには本当にこいつらを洗ってやらねばならん。
泥まみれの鼻面を撫でられ、チュホンは目を細めるとその鼻面を掌へ擦り寄せた。

 

 

 

 

4 件のコメント

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    大事な 奥様連れですからね
    もう一人 チュンソクも大事な腹心
    巴巽村のみんなに知ってもらうにゃ
    いい機会ね
    そうそう ウンスのご機嫌も 良くなったみたいで…
    ウンスらしい かわいい我儘も健在のようで…
    あ、 ウンスもチュンソクも 大事だけど
    チュホン チュホンだって 大事よ~
    綺麗にしてもらってね 甘えんぼさん( ´艸`)

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    チュホン~良かったね(^^)
    チュンソクと大男のお陰で?
    ヨンに洗ってもらえるよ❤
    今度は手を払わなかったウンス。
    仲直りしつつあるのかなぁ?
    此方も良かった~~❤

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    さらんさま
    男同士のやりとり・・・肚の読み合い。
    ニヤリとしながら読ませていただきました。
    信頼の網の広がり、大切です。
    おまけで嬉しそうなチュホンの顔が浮かびます。
    良かったね❤キレイにしてもらってね。

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    さらんさん、おはヨンございます。
    チュンソクが信用できると分からせるには、ウンスを任せるのが一番ですものね。
    論より証拠
    本当は任せたくなんてないはずだけど、先の事を考えるとチュンソクは信用できると理解して欲しいですもんね。
    チュンソクもヨンが先に行けって言った時点で肚が読めてるかなぁ~
    ウンスはいきなり馬を洗うって言われて不安そうだけどね。
    一緒にいられる時は常に一緒に居たいもんね。
    チュホンはヨンとの触れ合いが嬉しそうだわ❤️

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