2016 再開祭 | 春夜喜雨・伍

 

 

あの方を攫う折に天界で纏めて布に包んだ。
チャン侍医の横、王妃媽媽の首を治療するあの方の声に従い、侍医に手渡した。

しかし戻って来たあの方は、これ程の数の道具を持って帰ってはいなかった。
持って帰って来た道具は鬼剣に劣らぬ程に銀に輝き、典医寺のあの方の手許にある。

これ程錆びた古い物を見た事は無い。
判らない。
一体この道具が何処から。何故王様が。いつ、どのように。
「大護軍」

王様が静かに御声を上げる。
「これは徳興君が隠しておったものだ」
弾かれるよう顔を上げた俺に、王様が苦々しく口端を下げられる。

「徳興君が奇轍と共に謀反を起こし、皇宮と高麗を追われた後。
そなたに守られ征東行省から戻り、徳興君の跡を片付けていて内官が見つけたのだ。
私室の床下に隠した上に、卓で塞いでおった。姑息な徳興君が考えそうな浅知恵」

今一度箱の中を覗き込む眸に天界の治療道具の下、あの天界の書の数枚が映る。
そうだ、あの時あの方はおっしゃった。
─── 半分しかくれなかったの。あの男。残りの半分は結婚式が終わった夜に渡すって。
あなたの事が、書いてあるかもしれない。

だから俺の為にあの男と婚儀まで挙げると。その婚儀までには天門が開くからと。

という事は、此処にあるのが残りの半分か。
いや、半分ほど量があるようには見えん。幾枚かは失くしたか。
まさか。あの鼠が身を守るものを失くすとは思えん。
という事は敢えて捨てたか。

構わない。書いてあろうと無かろうと、俺の事などどうでも良い。
但しあの方が今持っておられん天界の医療道具が、こうしてひと揃えあるなら。

「この道具を頂けませんか」
「勿論だ。その為に取って置いた」
王様は頷いて、箱を目で示される。

「医仙が御留守の間は、そなたにわざわざ見せるのも気が引けてな。
お戻りの後は慌ただしさでそのままになっていたが、此度の関彌領主からの文で思い出した。
医仙にお渡ししよう」
「有難うございます」

王様のお許しに内官長が大切そうに蓋を閉じ、箱ごと俺へ押し出す。
あの方に見せたい。一刻も早く。
気が逸る体を無理矢理椅子へと捩じ込んで、再び王様へと向き直る。

「巴巽村で研いた上、同じものが出来るか確かめます」
「是非そうしてくれ。そなたの信頼する程の鍛冶の腕なら、どうにかできるやも知れん」
「は」
行ってやりたい。
今すぐに喜雨の中、典医寺のあの方の許へ駆けて行きたい。
伝えてやりたい。
役に立つかもしれん。少しでも楽に治療が出来るかもしれん。
今すぐに馬を駆り巴巽村へ行こう。行って鍛冶に見せよう。
頼み込んでも作ってもらおう、あなたの望む通りのものを。

そんな事は出来ん。御言葉はまだ続き、退出のお許しは掛からない。

「迂達赤隊長」
王様は続いて、チュンソクへと声を掛ける。
「はい、王様」
「大護軍には医仙の治療道具の件がある。巴巽村には三人で向かい、隊長は武器防具を確認し次第、戻って欲しい」
「御意」
「ところで」

王様はふと御声を切ると、愉しそうにチュンソクへ笑いかける。
「王妃が心配しておる」
「は?」
思い当たる事の無さげなチュンソクは、驚いたように眼を開く。

「敬姫とどうなっておるのかと」
「・・・それは、王様」
「寡人の為に尽力してくれた姪姫だ。なかなか会えぬが、常々気に懸かっておる」
「はい」
「儀賓大監も銀主翁主も、婚儀は直だと意気込んでおるが」
「・・・はい」
「王様」

さすがにおかしな方へ流れそうな話を静かに遮る。
王様の為に皇位を返上された敬姫様へのお気持ちも、王妃媽媽のご配慮も理解は出来る。
しかし御前で問われれば、チュンソクも 返答のしようが無いだろう。
いかに人払いの御前とは言え、この男の面目を失わせたくは無い。
今後どうなるとしても、チュンソクと敬姫様が先に話すべきだ。

「歩哨を決め次第出立致します。典医寺にてキム侍医と話してより」
「・・・判った。朗報を待っておるぞ」

ようやく頷いて下さった王様へと立ち上がり一礼し、俺達は互いの思惑を胸に即座に康安殿の扉を飛び出した。

 

 

 

 

4 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    やっぱりあれですか~
    ウンスが自分の身まで差し出してヨンを護ろうとしたあれ~
    キチョルの家で見せられた物ですね。
    研げばなんとかなるかな。
    でも型を使えば同じものは作れるかも なんせ鍛治さんの腕だしね。
    早くウンスの元へと駆けたいですね~!
    チュンソクもキョンヒ様とのことね…
    みーんな気になってますよねw
    前記事の今日のヨンさん
    私のコメ、間違えましたねw
    あの迂達赤の話、双城ではなく征東行省でしたw

  • SECRET: 0
    PASS:
    巴巽村の職人なら 磨きをかけ
    同じ医療道具を作れるかも…
    ヨンは一秒でも早く
    ウンスに伝えたい気持ち解ります
    さあ~早く典医寺に行って
    ウンスを連れて 巴巽村にgo!!

  • SECRET: 0
    PASS:
    もう~ヨンったら
    いつもの事ですが、
    ウンスの事になったら必死ですね(笑)
    一刻も早くウンスを連れて
    巳巽村へ行ってくださいな(^-^)

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です