2016 再開祭 ｜ 気魂合競・拾壱

「始め！」
大きな開始の声と共に、周囲から一斉に囃し声が沸き上がる。

掛け声に腰を落としたのは、己ではなく相手に怪我を負わせぬ為。
相手は上背のある、その分粘り腰のなさそうなひょろりと長い男だった。

上背のある相手との取組みは、大護軍やトクマンで慣れている。
懐へ潜り込み腰を抱え、腕力で引き付けてそのまま掬い上げる。

地に倒す時にはその体の重みを胸で受け、相手が衝撃で地面に背を打ち付けんように注意して。

「決まり！」

手縛の決め技を使うまでもない。

勝負は瞬く間に決まり、相手方の背は土に付き、そして周囲からは歓声が上がった。

歓声の中、誰より大きな声で俺の名を呼ぶ声がする。
「チュンソク！」

振り返ると、人垣の中から伸び上がるように振られる青絹の袖の端が目に映った。
顔まで確かめられんのが心配になる。
小柄な方だから、人垣の中で押されたりして苦しい思いをしておられんだろうか。
ハナ殿が共に居られるだろうと知ってはいても、不安の余り俺はそこから人垣の中へ飛び込んだ。

*****

「始め！」

ああ畜生、あっちぃな。
旦那と天女の為じゃなきゃ、こんな日は日陰でゆっくり休みたい。
昼が過ぎたら弓の手入れでもして。

何だろうな。マンボ姐はあんな風に言ってたけど。
今日は出店も構えてるし、こんな人出なら儲かるのは間違いないだろうし。
別に賞金を持って帰んなくてもいい気がすんだよな。

金子や米は別にして、旦那と差しの角力勝負はしてみたい。
弓の鍛錬はなかなかつけてもらえないから、こんな機会は大切だ。
弓はともかく旦那が他の武術でどんくらい強いのか、知りたいって欲はある。
こんな暑くなきゃ、もっと良いんだけどな。

目の前にいるのは俺とそう変わらない背丈の、細身の男だった。
賞金に目がくらんでるのか、始めの掛け声が聞こえた途端に全力でこっちに突っ込んで来て。

だけど身構えた俺に手が届くどころか、男はそのまま自分の足にけっつまづくと、一人で勝手に地面に転がった。
その拍子に乾ききった地面から、真っ白い砂埃が上がった。

「決まり･･･」

最初の威勢の良い掛け声とは違う、気の抜けた声がする。
その声と同時に周りの見物人から呆れたみたいな笑いが起きた。

*****

「始め！」
何だよ、髭の兄さんもシウルもあっさり勝ちやがって。
俺は目の前の小山みたいに大きな男と目を合わせる。

相手もやりづらそうに、始めの掛け声と同時に頭を下げる。
お互いどっちが勝ってもいいって分かってるから、なかなか本気で取組みにくい。
「すみません」

そう小さな声で呟くと、八手の葉くらい大きな手が襟首を掴みに来る。
急いで払おうと腰をかがめる前に長い腕にがっちり上衣を握られて、俺は体ごと宙に浮き上がる。

そして景色が反転して、次に目を開けたら青い空が見えた。
俺は地面に寝っ転がって、上から見下ろす申し訳なさそうな目と目を合わせる。

「決まり！」

そんな声と、見物人の大声の中で
「天女、頼むな」
俺が申し訳なさそうな目を見上げたまんま、地面からそう伝えると
「判りました」

旦那のとこの門番の兄さんはしっかり頷いてから、大きな手で俺の体を引っ張り起こしてくれた。

*****

「うーん、どんどん決まってくなぁ。すごい迫力ですね」
夏空の下、ウンスさまがそう言って私たちの方を振り向いた。
私はその声にとも、横におられる隊長にともなく頭を下げる。

「･･･何と申し上げて良いのか」
「馬鹿を言うな」
隊長が珍しく笑みを含んだお声で、私の背を軽く叩いた。

「夫君はさすがだな。あの体が存分に活きている。今倒した若造はヨンの鍛錬も受けている槍遣いだぞ」
「はい」
「夫君は武術に興味はないのか」
「優しすぎますから」

隊長はコムが引き倒した若者に手を差し伸べて起こすのを見ながら
「成程な」
と、納得したように再び頷かれた。

勝ってあんな顔をしてしまうから、コムは絶対に兵にはなれない。
そして勝ってもあんな顔をできるから、私はあの人を選んだ。

勝っても負けても構わない。争い事の大嫌いなあなたが、何故突然この角力大会に出たかは知っている。
そして迂達赤の皆さんも、手裏房の皆さんも。

ウンスさまを無事に取り戻せれば誰が勝っても構わない。
もしも私も男だったら、間違いなく出場していただろう。
勿論それをお口にした隊長には、お考えがあっての事に違いない。

「タウナ」
勝ったものの周囲の歓声に戸惑ったように、こちらへ戻って来るコムを目で追いかけていた私は、隊長のお声に視線を戻す。
「はい、隊長」
「夫君と近々話をさせて欲しい。お前にも同席してもらいたい。構わぬか」
「勿論です」
私が頷くと、隊長は安心したように口許を綻ばせた。

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