2016 再開祭 | 宿世結び・弐乃昼

 

 

「大護軍は居るか」

兵舎中に響き渡る切り口上の声。
軍議部屋で向き合うチュンソクが、驚いたように中腰に立った。
「・・・あの御声は」

俺もこいつも互いに厭という程聞き慣れた声に、次に席を蹴る
「すぐ戻る」
それだけ残し大股で部屋を横切り扉を押し開ける俺に、誰一人口を挟む奴は居なかった。
寧ろ気の毒そうな視線に背を見送られ、吹抜けへと歩く。

移り気な梅雨空は今日は再び重く垂れ込め、吹抜の天窓を暗く覆っている。
その天窓下の薄昏い吹抜けのど真中、仁王立ちで待つ尚宮服。

「何の用だ、叔母上」
「軍議か」
いつもの私室ではなく吹抜け奥から歩み寄る俺に、叔母上は奥を顎でしゃくった。

「そうだ」
「では終わったら来い。上で待たせてもらう」

此方の返答も待たず、叔母上は吹抜け脇の階を上階へ向かう。
都合など構わんという事か。
しかし待つと言うなら、火急の用という訳でも無かろう。
呼び止めるのも追い返すのも諦めて、踵を返し部屋へと戻る。

女人の勝手さにはもう慣れた。
身勝手に思える振舞いも、その奥には此方への何かしらの思い遣りが隠れていると知った。
そう思えるようになったのも、あの方に鍛えられたからで。

今日はこれをお伝えしよう。
昨日出された宿題の答を早々に見つけ、俺は軍議部屋の扉を押し開けた。

 

*****

 

「ヨンア、お主タウンに何を言った」
階上の私室に踏み込むなり掛けられる鋭い声。
意味が判らず数段の階を降り、三和土の端へ腰掛ける叔母上の横へ寄る。

「黙っているのは判らんのか、それとも心当たりがあり過ぎるか」
「実家へ帰した」
「聞いた。だからこそわざわざ来た」
叔母上は言いながら、懐から一枚の文を抜き出した。

「タウンからだ。今朝、タウンの夫君が届けに来た。
母君が体を悪くして、お主とウンスが里帰りさせたと」
「ああ」
「申し訳なくて顔向け出来ぬと書いて来た。お主にもウンスにも。
私事で暇を頂くなど、仲介した私の面目も潰したのではないかとな」
「下らん」

叔母上は俺の一言に眦を決し俺を睨み付けた。
「一本気な女と最初に伝えたろうが。忘れたか」
「良いか、叔母上」

その目を睨み返し、俺は叔母上に指を突き付けたいのを堪えつつ拳を握って息を吐く。
「それは一本気とは言わん」
「では何と言う」
「親不孝だ」
「ヨンア。それはお主の尺度だ。役目にしか生きられん者の身にもなってやれ」
「役目は尽くす主君あってのものだ。俺は奴らの主君ではない」

一歩も譲らぬ俺に向け、叔母上は呆れた息を吐いた。
「どれだけ頑迷な奴なのか」
「役目というなら叔母上が叱れ。母堂を大切にしろと」
「とうに言ったわ」

俺の抗議の声に叔母上はあっさりと返す。
「七日と言わず十日でも一月でも母君の傍にいろと。すっかり良くなるまで、決して屋敷には戻るなと釘を刺した」
「・・・助かる」
叔母上が言えばタウンは必ず聞き入れる。
安堵の息を吐く俺に、とどめを刺すよう叔母上は無表情に言い放つ。
「お前たち二人にはその方が余程好都合だと、伝えておいたぞ」

余りに明け透けな物言いに、俺は唖然として眸を返す。
「お、ば上」
「何だ」
「それは」
「本当の事だろうが。惚れ抜いた女人を嫁にまで娶っておいて何だ、その面は。
二人きりで思う存分、女房を甘やかしてやれば良かろう」

薄笑いで叔母上は三和土から腰を上げると、部屋の扉へ歩き出す。
「宅の衛は問題ないか」
「今宵にでも手裏房に声を掛ける」
「そうしろ」

そして軽い足取りで扉前の数段の階を小気味良く上がると振り返り、叔母上は愉快気に言った。
「若い婆になるのも悪くない。早く孫を抱かせろ」
「・・・若くはないだろ」

呟いた俺に向け、其処に立て掛けた皮盾が一枚、寸分違わず狙いを定めて飛んで来た。

 

 

 

 

6 件のコメント

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    たしかに 新婚さんには 好都合
    あまあま ウンスに 宿題の発表を…
    答えによっては
    あまーい ご褒美ありかな?
    ( *´艸`)ムフッ
    若い 婆さま( ºωº )… です。 うん。
    孫 抱かせてあげたいね。

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    さらんさま
    新婚話、ニヤニヤしながら読ませていただいております❤
    毎度のことながら、切れ者同士の叔母と甥・・・
    相手の様子を伺いつつ、肚を探りつつ、言葉少なのテンポの良い会話で。
    面白いです。
    あの部屋でのやりとりが映像化され、浮かびます❤
    ヨンの表情を思い描くだけで、薄ら笑いが我慢できません・・・

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    さらんさん、こんにちは!
    叔母様さすが~!!
    タウンさんにフォローも入れつつ、ヨンをダシにして実家に留めおく方法!
    そりゃー新婚だものo(*´ヮ`*)o
    人目を憚らず甘々出来ると思ったらヨンだって嬉しいはず♪
    叔母様….
    若くはないにしろ….早く孫の顔を見せてあげるべく、二人でしかできない役目に勤しんでしてくださいw( ´艸`)

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    いつの場面でも、深刻だったり今回みたいにコミカルで、叔母上とヨンのやり取りは、とても面白い(^^)
    良い関係性が、お話に深みを持たせていて、ちょー楽しいです(^o^)v
    思わず、笑っちゃいました(^^)
    これからの展開に、ワクワクですo(^o^)o

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    まさに惚れぬいた女人だよなぁと
    あんなに待った二人だから 二人きりにならないと~~!
    ありがと、さらんさん
    ヨンとチェ尚宮のやり取りが 目に浮かぶようで
    嬉しいです!!

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    さすが、叔母さま!
    良いこと、おっしゃいますね(^^)
    私も二人の子供に、
    早く会いたいです~~❤
    今宵はウンスの手料理が
    待ってるのかなぁ?
    楽しみ~~(^-^)

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