2016 再開祭 | 夢見路・玖

 

 

「どうして分かったの?」

竈火が頼りの暗い部屋内で、医仙は隊長を見つめている。
その火が扉から吹き込む風雨で大きく揺らぐ。

「雨ですから」
「全然答になってないわよ」
「充分です」
生乾きの上衣を着込みながら、矢継ぎ早に医仙が言い募る。
高い声にうんざりした顔を背けた隊長が短く返す。

帰路に難儀するなら雨宿り。
開京から此処までの途の目ぼしい場所を、一件ずつ虱潰しに当たって来たのだろう。
庭先に繋いだ馬で此処だと判ったに違いない。
それほど医仙を心配しているならば、素直に言えば良いものを。

息を吐いた私に目を向け、隊長が苛りと眉間を寄せる。
「先導します。長居は無用」
「だって」

先刻隊長が飛び込んで来たまま閉まらなくなった扉を眺め、医仙は困ったように首を振る。
「雨、まだひどいじゃない」
「暫く止みません」
「だったら3人でここにいれば良いでしょ?誰かさんが壊したせいで、扉はちゃんと閉まらなくなったけど」

雨が吹き込む扉を見た医仙の言葉に、隊長は唇だけで呟く。
「冗談でしょう」
「冗談じゃないわよ、ほんとだってば。見てみてよ、閉まらなく」

医仙の憤ったような声も扉を指す指も黙殺したまま、隊長は首を振る。
「三人で夜明かしは御免だ」
次にはっきり私を見据え、宣言するよう言い放つ。
「夜間も見張りを立てましょうか」
「典医寺に?何で?必要ないわよ、キチョルたちだって警備が厳しいのに、わざわざ夜に典医寺に来たりしないでしょ」
医仙の暢気な声に、隊長は首を振り低く唸った。

「医仙を狙う者は、思っていたより多そうです」

 

*****

 

梅雨の雲間を縫い、明るい陽射しの射す東屋。
色づき始めた紫陽花が、美しい青の手毬を皇庭の彼方此方に描く。

あらゆる種類の茶を広げた、仮拵えの長卓。

医仙の横、隊長は無言のまま、鬼剣片手に腕を組み立ち尽くしている。
「モグァ茶、センガン茶、メシル茶。あとはスッ茶、メミル茶、ヒョンミ茶、カマンコン茶。
こっちの双和茶と白茶と涼茶は、チャン先生がスペシャルサービスしてくれたのよ」

陽射しよりも明るい声で言う医仙の周囲。
集う尚宮らや武閣氏、迂達赤の面々が興味深げに頷きつつ、大きな陶壺から柄杓で茶を掬って楽しんでいる。
「午後からはチャン先生がお茶を淹れてくれるから、腕に自信のある人は勝負してみてね?」

その声に医仙の逆側に立つ私が微笑んで頷くと、尚宮たちは一様に黄色い声をあげた。
「チャン御医さまが、お茶を」
「うん。闘茶?ってそういう遊びなんでしょ?どっちが水しぶきを飛ばさずにお茶をいれるかって」
「医仙さま、この際勝負などもうどうでも」

尚宮らが小さな声で囁きながら、医仙の白い衣の袖を引く。
東屋の横の梔子の影に引き摺り込まれるように連れ去られ、尚宮たちが口々に言い募る。
「私たち、午後も絶対来ます。他の尚宮達も連れてきますから」
「そうです。勝負はこの際置いておいて、御医さまのお茶を」
「え?ダメよ、今日のメインイベントはその闘茶よ?」
「チャン御医さまが目の前で点てたお茶を頂けるなんて」
「はい?」
「医仙さまはご存じないのですよ!」

・・・木陰まで連れて行き、声はひそめているつもりだろう。
しかし女人ら独特の甲高い囀り声は、周囲から丸聞こえだ。

「御医さまのお茶が飲めるのが、どれだけ名誉な事か。
典医寺にかかりきりで、滅多に皇宮内ですら御目にかかれないのに」
「チャン御医さまを毎日ご覧の医仙様には、絶対お分かりにはならないと思いますが」
「御医さまを独り占めされている医仙さまが、どれ程羨まれているか」

思わず蒼褪める私に、隊長が小さく片頬で笑む。
「噂の的だな」
「・・・隊長」
「精々茶を点てろ」

愉し気にそう言いながらも、その眸は植込みの影の騒ぎから離さない。
周囲の尚宮達など、全く眼中にないだろう。
隊長は喧しい囲いの中央の、医仙だけを追い駆けている。

「そうですよ。チャン御医さまと迂達赤隊長さまともなんて。
医仙さまがいくらお美しいとはいえ、不公平です」
「ただでさえ隊長さまと連れ立っていらっしゃるだけで、尚宮がどれ程枕を噛んだか御存知なのですか」

ああ、風向きが変わった。
私の顔色は戻り、次に隊長の顔色が、まるで周囲の青い紫陽花を映したように薄青くなった。

「どちらかだけでも贅沢過ぎです。なのに」
「本当ですよ、医仙さま」
「ご存じなかったでしょう!」
「え、ええと・・・ええとね?」
医仙は困ったように、その輪の中央で苦笑を浮かべる。

ご自身がおっしゃったのだ。
ただ楽しんで、茶を飲んで遊び、好きだ嫌いだ美味い不味いと騒げば良い。
愉しめれば良いと。 そんな方法を教えたいと。

「午後は茶菓を持って参ります」
「また必ず参りますね」
「う、うん。来たいって言ってくれるなら誰でも大歓迎よ。みんなにもそう伝えてね?」
「はい!」

周囲の尚宮が一斉に頷くと医仙はようやく安堵したように笑んで、包囲網から抜け出してくる。
「あー、驚いた」
小走りに長卓へと戻ると茶の壺の前へ立ち、小さな手で上衣の袷の咽喉元を押さえて、からかうような目が私たちの顔を見比べる。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    ヨン的には…
    医仙を狙う者リストに
    侍医も入ってる… のね
    狙う意味は ちょっと違うみたいだけど
    (;´▽`A“
    ウンス 気付いてなかったのね
    侍医のモテモテに…
    あはははは 
    まぁ いいか ( ´艸`)

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    さらんさん、こんばんは♪
    このままじゃ、普段飲めない侍医のお茶をツマミにただの井戸端会議になりそうですね*(\´∀`\)*:
    勿論ネタは侍医とヨンの事でw
    尚宮達も普段の鬱憤が溜まってますね~!
    ただでさえ、いつも色男二人を独り占めしてるって思われてるしね。
    ウンスはそんなこと言われるとも思わずにびっくりだったんだろうけど。
    交互に青褪める侍医とヨン、見てみたいです( ´艸`)

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    チャン侍医にだけ分かる
    「これから夜間も見張りを立てましょうか」のヨンの言葉。
    チャン侍医お気の毒さまですねぇ(^_^;)
    両手に花?のウンスさん~
    私も羨ましいです❤

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