2016 再開祭 | 夢見路・弐

 

 

「でもやっぱり庶民の皆には縁遠い気がする。だから、お茶を普及させるためにチャン先生に協力してほしいの。
伝統茶だってちゃんと理由があって飲まれてるんだし、体には良いのよ?」
「伝統茶、ですか」
「うん。論より証拠だからまずはこの五味子、ちょっとだけもらっていい?」
「無論構いませんが・・・五味子だけで良いのですか」

五味子だけで茶を点てる。想像もつかずに、私は思わず尋ねた。

「うん、ここに来て気づいた。韓方医学が基本なんじゃないかなあ。
ソバ、麦、玄米、ハト麦、柚子、ショウガ、シナモン、菊花もある。
それから梅の実、ナツメ、人参、トウモロコシは実もヒゲも使うし。
モクァやサンスユはそのまま漢方の木瓜や山茱萸だし。双和茶なんてきっと私よりチャン先生の方が専門分野でしょ?」
「双和茶とは、双和湯を茶として飲むのですか」
「そうよ。出してたお店があるし」
「未病という考え方がありますから、普段から補う意味では間違いではありませんが・・・」
「分かった。じゃあ」

医仙は大きく頷くと、顎の前で両掌を合わせて私を見つめた。
「典医寺主催の、闘茶会を開くのよ。どう?」
「典医寺・・・主催の」
「そうよ。伝統茶は漢方が基本なんだし、材料が一番揃ってるのもここでしょ?
みんなにいろんなお茶を飲んでほしいの。これから暑くなるし、水分は大切だし。
でもただ水ばっかりじゃ、そんなに飲めるものでもないしね?
チャン先生に協力してもらえれば、きっといろんなお茶が出来ると思う。あ、筆と紙借りていい?」
「どうぞ・・・」

勢いに押されて頷くと、医仙は今まで私が書き物をしていた筆を手に、何やら紙に書きつけていく。
これから暑くなる。暑熱や暑湿に中る前に、水分を取るのは良い。
生水を飲むよりも、茶の形で飲みやすい薬湯を飲んでいれば尚良いかも知れない。

唯一つだけ、気に掛かるのは。
「医仙」
「うん?」
卓の上の紙から顔を上げ、私を見る目。その目に無言のまま心の中で問い掛けてみる。

「どうしたの?」

それは、民の為ですか。
民に茶を普及させたい、その想いだけですか。

「チャン先生、どうしたのってば」

それとも本当は、飲んで頂きたい方が他にいらっしゃるのですか。
その方に直に伝えられないから、こうして闘茶会を開くのですか。
それが私の為だとしても、そうして愉しそうに考えてくれますか。

「・・・いえ、何でも」

卓越しのあなたに首を振る。夢ではないから、口には出せない。

 

*****

 

「せんせーーい!」

こうしてまず届くのはあの声だ。呼ばれる度にそのお姿を探す。
部屋へ飛び込んで来て下さるならばまだ良い方だ。
時には声だけを頼りに、典医寺を半周する事さえある。

「チャン先生ってばー!」

今日はどうやら駆け込んで下さる気はないらしい。
私が椅子から腰を上げると、膨れた顔で足音高くトギが部屋へと踏み込んだ。
「どうした」

医仙が呼んでる。何だか大きな甕に、飲み物を作ったみたい。
重くて運べないから、呼んでるんだと思う。
トギが指で伝える声に頷き
「どちらに居られる」
私が歩き始めると、トギは横に添うてその指で愚痴る。

自分の部屋にいる。でも先生を呼びつけるなんて百年早い。
「そう言うな、慣れていらっしゃらぬのだから。で、飲み物とは」
知らない。何だかお茶って言ってたけど。
「恐らく五味子の茶だ。トギも飲んでみれば良い」

やはりトギも、五味子だけの茶というのが理解できないようだった。
首を傾げて見上げる視線に苦笑しながら、私は診察部屋の裏扉を押し開いた。

「医仙」
呼びながらトギと共にお部屋の中へと入る。
医仙は両手に抱えた大きな甕を今にも落としそうに揺らしながら、卓から持ち上げるところだった。
思わず駆け寄り、その腕の中の甕を受け取る。
これ程大きな青磁の甕、足の上に落さなかっただけで幸いだ。

ごとりと鈍い音を立て、受けた甕を卓の上へ戻す。
「何をされているのです」
「昨日約束したでしょ、五味子茶よ」
ようやく自由になった両腕を腰に、医仙が大きく息を吐く。
「ねえ、先生?」

続いて卓の上から薄い紙を取り上げると、私の方へ開いて示す。
そこに書かれているのは、今まで見た事も無いようなもの。
文字なのか図なのか。少なくとも私の読める漢文ではない。
「ああ、読めないわよね。でも私は漢字書けないし・・・」

医仙は私を手招くと、甕を据えた卓の椅子へと腰掛ける。
「あのね、いろいろ教えて欲しいの。成分とかね、効能とか」
「・・・はい」
「まず、五味子は何の役に立つの?」
「五味子単独でしたら強壮です。体を強く保ちます。咳や痰にも」
「ふんふん。ナツメは?」
「主に気の乱れから来る病を整えます。冷えにも効果がある」
「なるほどね。梅の実は?」

昨日おっしゃった伝統茶の材料の名を次々と挙げながら、医仙は紙に何やら懸命に書きつけていく。
それ程に工夫を凝らし、薬効まで御調べになるのは茶の為ですか。それとも、誰かの体の為ですか。

肝心な一点を尋ねられるまま、私の知る事を全てをお伝えしていく。
隠す想いもこんな風に声にして、あなたの心に素直に届けられれば。
「・・・よし、と」

口にしなければ伝わる筈もない。
医仙は満足したように頷くと、書きつけた紙を大切そうに懐へと仕舞いこんだ。

 

 

 

 

5 件のコメント

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    もちろん、もちろん、ヨンも素敵ですが…。
    さらんさんの描いてくださるチャン先生、私の中のイメージそのままで…。切ない心の声からあのお姿を想像しつつ、昨夜から悶絶しております(//∇//)

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    チャン侍医の心の声・・
    言葉に出せたら良いのにね。
    でも、ヨンとウンスの想いを知ってるだけに、辛い立場ですよね(^-^;
    誰のための五味子茶?
    皆の健康を考えての事だけど
    本当に飲んで欲しいのは
    ヨンですよね❤
    ウンス、頑張れ~❤

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    ああ、すでに切ない、、、。チャン先生の密かな想いがウンスに届くことはないのよね、、。先生が言うように、そのお茶が誰かの為だとしても、同じくらいチャン先生や、迂達赤や、王様や王妃さま、みんなの為でもあると思うけど、それはやっぱり「ヨンの大切な人の為」って言うのが前提なのかなぁ。「チャン先生だけの為」がいいのかな。

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    さらんさん、こんばんは!
    チャン先生の秘めた想いと密かな悋気?
    ウンスが本当はヨンの為に茶会を開きたいと考えているようですね~
    勿論薬効云々体に良いものを取って欲しいとは思ってるんだろうけど、ヨンの為にって言うのは勿論あるでしょうね~
    続きが楽しみです♪

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