2016 再開祭 | 夢見路・捌

 

 

「・・・ひどくなってない?」
「ええ」

声も掻き消されそうな程強い、地面を叩く雨音の中。
上衣を脱いだ医仙が、寒そうにご自分の肩を両腕で抱いているのが気に掛かる。
しかし貸して差し上げたくても、私の長衣も濡れている。

「帰れるわよね?」
「視界さえ良くなれば、大丈夫です」
それでも医仙は不安そうに、窓の外をじっと見つめる。
「今、何時ころ?」
「暗いですが恐らく、まだ申の刻あたりかと」
「そうよね」

諦めたように言うと、医仙は木の板を打っただけの台の上へと腰を下ろす。
大きさから見るに元は寝台だったのだろう。
しかし今は布団一枚すらも敷かれていない。
「もうこうなったら仕方ない。あきらめる。止んだら起こしてくれる?」

そう言って台の上をざっと掌で撫でると、そのままころりと横になる。
典医寺にすら、王様から賜った絹布団を持ち込んだ方が。
「体が痛みませんか」
「ぜいたくは言わないわよー・・・」

横になったまま微笑むと、医仙はそのまま目を閉じる。
お休みにはなれないだろう。
そう考えた私はすぐに、己がどれ程この方を知らなかったかを痛感する。
絹布団でしか眠れまいと高を括る私の目の前で、安らかな寝息を立て始めた時に。

恋慕の想いと友情の、境界線は何処だろう。

雨の中の寝息を聞きながら考える。
友としても医官としても、大切で敬える方。
男として傍にいて、支えたいと思う方。

目の前で眠る医仙に感じている、この気持ちは何だろう。

ご本人同士が知らぬ気持ちすら透け見える。
それなのに今はまだ、見て見ぬ振りをする。
御二人だけが判りあえれば良いからか。それとも。

真面目に考え過ぎる。心にも、体にも良くはない。
医仙のおっしゃるとおりだ。笑い方を覚えねばならない。
心の片隅を倦ませたまま、人の心を癒す事など出来ない。

私はこの方を知らなかった。
知っていたのは隊長によって無理に高麗へと連れて来られ、帰る術すら失って、留め置かれた天の医官殿。
徳成府院君に啖呵を切り、その後に裏に隠れて震えていた、天の知識と預言を持つ女人。
今までの己の知る常識から、遥かにかけ離れた振舞いばかりをなさる方。

こんなに硬い台の上で眠れる事も、濡れた上衣を脱ぐのを躊躇するほど内気な事も。
ここにいる限り愉しもうとしている事も、私は何も知らなかった。

ただ夢の中でだけ話し掛けていた。声には出さず、確かめもしなかった。
本当のあなたはどんな方なのか。何を好み、何を思い、何をしたいのか。
透き通る夢の中の、幻のように思っていた。
けれど本物のこの方は廃屋で雨に閉じ込められて、こうして寝息を立てている。

恋慕と友情の天秤は今、どちらに傾いているだろう。
最後にそれがどちらへ傾こうと、私は私のやり方でこの方を守る。
寝台の上に広がる紅い髪。寝息で上下する胸の奥で打つ心の臓。
それらを守るためなら、私も命を懸ける。

夢の中の人ではない。この方はここにいる。
それを楽しみたいとおっしゃるなら、愉しめるように力を尽くす。
そして目が覚めれば伝えるだろう。本当に目の前にいるこの方に。

この方がそうしろと教えてくれた。友ならば心を打ち明けろと。
だから今は夢の中のあなたに伝われば良い。
目が覚めればもう一度、正直にお伝えする。

「医仙」

友として、女人として。だが天秤は今、大きく恋慕へ傾いた。
そうでなければ目の前のあなたに触れたいなどとは思わない。

呼び掛けた寝台の寝息は変わらない。それでも夢に届けば良いのに。
たとえ長年の朋を裏切る事になっても。それがあなたの望まなかった声でも。

届けたくて、そのまま寝台の脇へ寄る。
寝台脇で膝を折り、床に屈んだ刹那。

廃屋の扉が枠ごと外れたような騒々しさと共に開き、表の雨音が部屋中に響く。
咄嗟に腰を上げ背で庇う寝台、懐から鉄扇を取り出した目前。

外套を毟るように脱ぎ捨てた影がずっしりと雨水を吸う重たげなそれを、眠る医仙の頭から乱暴に掛ける。

濡れた外套に驚いたのだろう。医仙は驚いたようにその下で悲鳴を上げ、寝台の上に飛び起きた。
そして頭から被せられた重い外套を振り回した両腕で外し
「何!」

叫んで振り向き、そこで睨みあう私と隊長に目を丸くして、唖然としたように呟いた。

「・・・夢でも笑えないんだけど」

 

 

 

 

5 件のコメント

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    あぁ~~
    ヨンが来ちゃいましたね(^-^;
    チャン侍医
    やっと思いを伝えようとした?
    のにね(..)
    でも、ヨンの気持ちも分かってあげてね❤

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    ふふふ テジャン登場
    侍医の思いを 遮るみたい
    邪魔するな~って…
    雨で 濡れたからって
    かっこもかっこだし
    機嫌が悪そうね~ テジャン
    こんなことになったのも
    侍医と 行かせちゃったから って 思ってるかしらね~
    ウンスも… なにこれ 修羅場? 

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    無防備で、チャン・ビン侍医を完全に同僚と信じきっているウンス。
    ウンスに対する、チャン・ビン侍医の想い。
    今、友人というより恋慕に傾いている・・。
    そんなときに現れたヨン!
    ヨンは、ウンスのことに関すると、己の中でとてつもない嗅覚を感じるのかな。
    チャン先生を、私も好きですよ。
    でも、何かあったらやはり許せないな。
    ウンスは、ヨンのもの!
    ヨンは、ウンスのもの!
    この後、ヨンとチャン先生、どうなるのかな。

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    この状況で好きな女の人が寝てしまったらチャン先生でも天秤が恋慕に傾きますよ‼︎
    でもやっぱり絶妙なタイミングでヨンの登場ですね。
    ヨンはウンスに関しては危機能力がハンパない❗️
    でもチャン先生ウンスと色んな事を話せてよかったです。やっぱりお互い口に出して言わないとわからない事ってありますよね。
    チャン先生とヨンこの後どうなる⁈
    こんなハラハラドキドキな展開になるなんてさらん姉さんすごい‼︎

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    さらんさん、こんばんは♪
    また違う一面を見て恋慕が一気に傾いたんですね~
    無防備なウンスの姿にチャン侍医ドキドキですね!
    触れたい思いで一歩寄ったら、ウンスを守る様に濡れた外套を被せるその悋気な感じw
    まさかのヨン登場!?
    やはり心配で追ってきましたかw

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