2016 再開祭 | 夢見路・壱

 

 

【 夢見路 】

 

 

春の曙に辿る夢路は、全てが透明に清らかだ。
その夢の中でだけなら、何でもお伝えできる。

誰の事を慮る事もなく。人の心を救いたいと理想を追う事もなく。

笑顔の下に隠したあの方の、傷つきやすい心を斟酌する事もなく。

長年の朋であるあの方の、木陰からの切ない視線を憂う事もなく。

気付いて欲しい。判って欲しい。それが伝わらずともせめて。
無理には笑わないで欲しい。誤魔化さずに口に出して欲しい。

あなたが泣く時、黙ってこの腕の中に抱き締める事を許して欲しい。

 

*****

 

「せんせーーい」

医仙。あの方の声は、どうしてこうも響くのだろうか。
机に向かう私が書き物の手を止め硯に筆を置くが早いか、紅い髪を風に靡かせた医仙が飛び込んで来た。
「ねえ、先生。これ見つけたんだけど!」

薬袋を片手に振り回し、白い頬に埃をつけたまま目を輝かせ。
身振り手振りを交えた手に握る袋、記された薬名は五味子。

その袋をそっと受け取り、中の乾燥した五味子の実を確かめる。
振り回されて袋の中身が飛び散れば、その小さな実の片付けには大層手間が掛かる。

「五味子がどうかしましたか」
「本当に五味子なの?私、乾燥したの見るの初めてなんだけど」
「・・・はい」
「煎じて飲めるの?赤くなる?」
「赤ですか・・・他の薬草と併せて煎じれば、赤くはなりません。
盛夏に蒼朮や人参、陳皮や甘草と共に清暑益気湯にしたり、春先に麻黄や半夏、芍薬と併せて小青竜湯にします。
どちらにしろ、今は時節外れですね」

私の薬湯論は、重要ではないらしい。
医仙は目を輝かせたまま顔を寄せ、手許の袋の中を覗き込んだ。
この頬を掠めるように揺れる紅い髪。
手許の袋を確かめるる筈の目が、思わず医仙の横顔を追う。
「どうされ・・・」
「ねえ!」

息が掛かる程近くで、悪戯そうな目が微笑んでいる。
医仙は内緒話のように息をひそめて、小さく言った。
「闘茶会って、なあに?」
「闘茶会とは・・・何処で聞かれたのですか」

興味津々といったご様子の医仙は、手許の五味子の薬袋と私を見比べる。
その視線の近さに目を逸らす。
これ程無防備に傍まで寄られ、どんな顔をすべきかが判らない。

信じて下さっているのだろう。朋として。
知りたい事も多いのだろう。医官として。
けれどどれ程朋として支え、医官として導いて差し上げたくても、私とて一人の男。

夢の中でしかお会いできない、言葉を伝えられない方。
その息と温度がこれ程近くにあって、手を伸ばさないのは難しい。

辛うじて押し留めているのは、最後に残った一縷の理性。
ただこの方を驚かせたくない、逃げ出されたくないというそれだけだ。

何故なら逃げても、この方には行く当てがない。
典医寺を飛び出してしまえば、何処に行けば良いか見当もつかないだろう。
徳成府院君にしろ、他の者にしろ、誰かの手に渡ってしまうのが怖い。

だから私は息を詰め、全ての神経を集中する。
まるで目の前の花に留まる蝶が飛んで行かぬよう、動きを止める。

「あのね、薬員のみんなと。皇宮に茶畑があるって話から」
「ああ、ございます。茶は薬にもなりますし。
但し広い場所で満遍ない日照が必要なので、別庭に植えていますが。
茶畑をご覧になりたいですか」

医仙は深く頷きながら、
「うん、いずれね。お茶の葉にはカテキンもビタミンCも豊富だから化粧品にも使えるし、もちろん食用にも出来るし。
高麗はお茶文化が有名だっていうけど、ほんと?」
「・・・上流階級には、好む方々が多いですね」

唯でさえ高価な品だ。
まして仏教の教えに則った茶会が頻繁に開かれている時世、茶葉の値は高騰の一路。
そして産地では栽培を強制され、それに重税を課せられている。
今頃の新茶の収穫期、貴重な働き手が早朝から深夜まで駆り出され、他の畑の作物に手が回らない。
貴族に好まれはするが、民には歓迎されない。

「庶民の口には、滅多に入るものではありません」
「やっぱりそうなのね」
「やっぱり、とは」
医仙は頷きながら、諭すように教えて下さった。

「あのね、私のいた世界では、お茶ってあんまり飲まなかったの。多かったのは伝統茶。
茶っていうのにお茶の葉を使ってるものが少なかったから、昔調べた事があるのよ。
お茶文化の最盛期は仏教に支えられた高麗で、その後は儒教が力を持ったから仏教が力を失った。
大きな畑でお茶を栽培してる寺院が衰退したから、お茶自体があんまり飲まれなくなってったって」

そのお話はとても興味深い。
自分たちの行く末を伺うのは不思議だが、筋道は立っていると私は頷いた。
「それでね、考えたの。お茶を飲めないみんなが、気軽にティータイムを楽しむ方法を。
その話の途中に闘茶会って聞いて、何かなあって」
「闘茶とは、茗戦などとも呼ばれます。宋代に最も栄えた遊びで」
「え?」

医仙は思っても見なかったというように、私をじっと見つめる。
「遊びなの?闘茶って、戦うんじゃないの?」
「遊びです。ご安心ください」
小さく微笑み、医仙の口から安堵したような息が零れる。

「様々遊び方があります。茶を点てて、最後まで茶碗に飛沫を飛ばさなかった者が勝ち。
他には、複数の茶の味自体を当てるもの。
白茶といってそれぞれの持ち寄った茶葉で茶を淹れ、色の最も白かった茶が勝ちなど」
「ふうん、優雅ね」

医仙は鼻を鳴らすとようやく落ち着かれたか、私の正面に腰を下ろし、大きく卓へ身を乗り出した。

 

 

 

 

さらん姉さんが前にリクエストで書かれたお話でチュンソクが密かにウンスを想っていて
ヨンの手前想いをかくしているのですが、ヨンに頼まれウンスを買い物に連れて行き、そこで
鈴を買ってウンスにプレゼントをするというのがありました。
最後はヨンのヤキモチで髪からとられるのですが、そんな密かなデートのチャン先生
バージョンが読みたいです
(ようむさま)

 

 

5 件のコメント

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    チャン侍医のウンスへの
    せつない想いが溢れてますね❤
    どんなデートになるのか?
    楽しみです(^^)
    さらんさん❤
    五味子茶登場(笑)嬉しいです(^^)
    高句麗鍛冶屋村を訪れた時に、
    飲んだ時に感じる味で、その時の体調が分かる。と勧められて初めて飲みました。
    本当に当たっててビックリ(*_*)
    それ以来お取り寄せして、
    飲んでいます~(^^)

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    チャン先生!チャン侍医!ハンシェンシェイ(漢先生)!←ウンス達はこっちで呼んでましたね(≧▽≦)
    ヨンじゃないけど、男前に書いて下さいね~(//∇//)!さらん様❤
    イフィリプ様が怪我しなければどんな関係になっていたのか、、未だに気になります!

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    さらんさん、おはヨンございます❤️
    新章始まりましたね。 嬉しいです♪
    チャン先生の密かな想い…
    ヨンとは全く同じ視点ではないにしろ、やはりウンスという人に惹かれるんですよね~❤️
    ウンスの一つ一つに興味をそそられるんでしょうね。 その美貌には似合わないあどけなさも、誰にでも平等に優しく諂わない態度も、見た事もない天の医術を操る様子も。
    お茶といえばチャン先生ですものね。
    優雅なデートになるかしら!

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    なぜか 朝にようやく よめたー!
    ウンスは 高麗のひとからすると
    まぁ 変わった女人だから
    目をひくし 魅力的でしょう。
    ヨンとは 違った 視点から
    ウンスに 興味をもつのでしょ
    それが 恋なのか?
    (๑´ლ`๑)フフ♡

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