2016 再開祭 | 夢見路・伍

 

 

「先生?」
「はい」
「もしかして碧瀾渡、全店制覇するつもり?」

もう何件の店先で足を止めたろう。
女人の小物を扱う店。装身具を扱う店。衣や絹を扱う店。
その合間に薬問屋を覗き、大食国の商人の店を冷やかし、ゆっくりと市中を見て回る。

数軒回ってようやく気付いたよう、医仙はやっと私へと尋ねた。
その丸い目に笑って返す。
「御所望なら、そうしましょう」
「ほんとに?」
「欲しいものは見つかりましたか」
「うーん、今はそれより・・・」

そこで声を切ると、それを継ぐように医仙の腹の虫が答えた。
失礼にならぬよう聞き流し、そんな刻かと空を見上げる。

雲は増し、昼なのに夕の暗さだ。いつ降りだしても不思議ではない。
何か召し上がる程の時間は残っているだろうか。
「買い物は次の機会で良いですか」
「また来られるの?」

連れて来ます。共に来ましょう。そうお答出来ればどれ程良いか。
「・・・最善を尽くします」

確約できない事をお伝えは出来ない。医官の常套句を口にすると
「それだけでも嬉しい!」
医仙はそう言って、大きく頷いて下さった。

 

*****
 

「あ」

医仙の声と同時に握る手綱から片手を離し、懐の龍葵をより深く胸帯奥まで納め直す。
簡単な饅頭の昼食を取った後、急いで馬に跨り碧瀾渡を発った。
どうにか間に合えばと飛ばしたものの、開京まで四半刻あたりに近付いた頃。

堪え切れなくなった暗い空から、一粒めの雨が落ちる。

目を細め鞍上から真黒な空を見上げる。
待ち構えていたように顔と言わず髪と言わず、痛い程に烈しい雨が打ち付けて来る。
「・・・ちょっと、すごい!」

医仙が小さな悲鳴を上げ、横の私を振り向いた。
これでは梅雨ではなく、まるで真夏の驟雨だ。
あっという間に医仙は頭の先からびっしょりと濡れ、私の長い髪も雨を含んでだらりと垂れる。

空の暗さと雨脚で周囲は真暗く煙り、一寸先すら見えない。
間断なく打ち付け流れ込む雨水で、目も碌に開けられない。
「医仙!」

雨脚と蹄の音に負けぬよう張り上げた声に、雨を避け細めた瞳が私を見遣る。
「この先で、雨宿りを!」
そんな短い声に開けた口にも、遠慮なく雨水が流れ込む。

医仙はもう話す事すら出来ないのだろう。
雨に濡れて一層小さな頭が、ただこくこくと頷いた。

 

半ば打ち捨てられたような無人の破家に辿りつき、庭先に馬を止めると鞍上の医仙を降ろす。
「先に入って下さい!」
大声で伝えると頷いた医仙は濡れた足音を立て、民家の戸口へ駆け込んで行く。
二頭の馬を庭木の下へ繋ぎ、私も続いて雨中を走る。

扉内へ駆け込むとすっかり荒れ果てた室内で、朽ちた椅子に掛けた医仙が濡れた顔を上げる。
懐の龍葵をまずは取り出し、同じように朽ちた卓の上へ置く。
「濡れてない?大丈夫?」
「油紙ですから」

心配そうに包を見る医仙へ頷き、中を開いて見せる。
包紙は水滴を弾き、開いた途端にそれが紙の面を転がり落ちる。
中の龍葵が乾いたままなのを指先で確かめ、ようやく嬉し気に医仙が微笑んだ。

「後は、雨が上がれば良いけど」
「この雨が一晩続くとは思えません。待てばいずれ、雨脚も弱まります」
「そうよね・・・」
雨が吹き込む崩れかけた窓枠の外、医仙が不安げに烈しい雨を見る。
懐から手拭いを取り出し、固く絞った後に医仙へ差し出す。
「拭いて下さい」
「良いの?」

窓から戻った視線に頷くと、その手が手拭いをそっと掴む。
己の髪を一纏めに捩じって絞ると、長い髪の毛先から土床に盛大に水が滴り落ちる。
医仙は手拭いで紅い髪を押さえるよう拭いながら、小さく笑い出す。
「どうしました」
「ううん、なんだか」

からかうように私の顔を見ると、医仙は笑顔のままで言った。
「先生のことずーっと知ってる気がしたけど。こんな風に2人きりになるの初めてね」
「そうですね」
「いつも典医寺ばっかりだったし」
「ええ、それは確かに」

私が頷くとまた目を窓外へ投げ、医仙は独り言のように声を続ける。
「先生がいてくれてほんとに良かった。この世界で1人だったら、どうなってたか分からない」
「・・・医仙」
「うん?」
「悔やんでいますか」

唐突な私の問いに、医仙は言葉を止めて振り向いた。

 

 

 

 

5 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    ウンスと二人っきりの時間。
    チャン侍医の気持ち・・・
    複雑なんだろうなぁ?
    ウンスさん~
    ヨンが心配してるはずだから
    早く帰ってあげてね(^^)

  • SECRET: 0
    PASS:
    ウンス好みの お店があるのでしょうね
    侍医も 天気が気になるも
    ウンスを急かすでもなく 見守ってくれて
    束の間の ウィンドウショッピングでーと
    それなりに 楽しんじゃってますね
    あ~ 雨…
    ほんとに 二人きりになっちゃった
    ドキドキドキ
    きっと 誰かさん ドキドキドキして待ってる

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん姉さんありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))
    わ、わ、わたしのリクエストだぁ~
    夢見路…私の拙いリクエストをこんな素敵なお話にしてくださって感激してます。
    毎日夢ごこちで読んでます。
    龍葵も手に入れたし二人でウインドーショッピングデートですね(^ ^)
    碧瀾渡全店制覇…是非いつか(笑)
    雨が降ってきちゃいましたね。
    二人ともびしょ濡れで雨宿りなんてドキドキします。
    きっとヨンは雨も降ってきて心配してるはずだから、後少しだけでもチャン先生と二人きりでステキな時間が過ごせますように‼︎

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、こんばんは!
    買い物中に突然の雨、雨に濡れてドキドキシュチュエーションかな?
    普段は見られない姿や二人きりという状況にチャン先生を男と意識しちゃったかな?
    ヨン心配してるだろうな~

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です