2016 再開祭 | 木香薔薇・拾参

 

 

チェ・ヨン殿の不機嫌の原因。
診ろとだけ言われて、委細も判らず訪れた西京貴族の邸。

まだ高い春の陽のおかげで、その居間の中は昼のように明るい。
事前にウンス殿に伺った病態は、確かに腑に落ちぬ処が多過ぎた。
まず、普通なら人は捻挫で水桶に頭は突込まない。突込むとすれば足なり手なり、腫れて痛む捻挫の部位を冷やす。

そして余程の深刻な事態でなければ、気を失ったりはしない。
逆に気を失うならそれは捻挫が直接の原因ではなく、もっと深刻な状態かもしれない。

門前払いを喰らいかけた時には怪訝に思ったが、逆に自分の読みが正しいと言われている気もした。
そしてようやく面会の叶った子息は、向き合った居間の中で私に手首を預け、じっと黙ってこちらを見ている。

チェ・ヨン殿とは全く違う、感情を隠すのが不得手そうな若者。
一目覗けば肚の中が全て読めそうな、一本気で、純粋な目をした貴族の子息。

恐らく、チェ・ヨン殿は気付いている。
あの方はご自身の気持ちは大層上手にない振りが出来るが、他の男の怪しい気配には恐ろしく敏感な方だ。

そんな事を考えながら、その子息の委ねる手首の脈を読む。
目の前のこの若い子息。やや気になる緊脈がある。
捻挫の影響での痛みのせいか。血の滞りは気になる。流さなければ鬱滞してしまうだろう。

しかしそれ以外は節律一致、従容和緩、不遅不数、不大不小、三部有脈、不浮不沈、どこを読んでも気になる部分は見当たらない。

「どう?先生」

その声が返った途端、若者の脈が跳ね上がる。
純粋な子息。素直でないチェ・ヨン殿。
それでも男たちは可愛いものだ。それぞれの心に正直な分。
一番の問題はそう訊きながら、私と子息を交互に覗き込むこの鈍感な方。
まさかご自身がこの騒動を巻き起こしている理由だなど、考えもしない天の医官。

「・・・ええ」
そんな事を考えながら、この後に処方する薬湯を考える。
梔子柏皮湯。いや、足首が熱を持っている。若い分、体力もある。それなら桃核承気湯。
「桃核承気湯をまず三日。その後桂枝茯苓丸を。どう思いますか」

敢えてウンス殿とは呼び掛けずにおく。
チェ・ヨン殿があそこまで気分を害している以上、この方の名や他の情報などが子息には伝わらぬ方が良いだろう。
一度は門前払いを掛けられた。そして子息の様子を見るに、それは本人の意志とは違っていそうだった。

誰かがウンス殿以外を、子息から遠ざけようにしているなら。
いや、逆にウンス殿だけを近づけようとしているのか。
何方にしてもそれならば、チェ・ヨン殿の怒りが増すだけだ。
悋気に猛るチェ・ヨン殿の怒りの矛先を向けられるのは困る。

先刻から名を呼ばぬ私を不思議そうに見つめ、ウンス殿は頷いた。
「うん。体力もあるし、捻挫直後だし。いいと思うわ」
若者の脈はその声が響く間、跳ね上がったままだ。まるで胸中で玉蹴りでもしているか、騒々しい蝶が飛び廻るように。
・・・何と正直なのだろう、人の体とは。
いつも判っている事だが、こうして脈を取っているとそれが如実に指に伝わって困ってしまう。

この若者の脈が跳ね上がった理由。
チェ・ヨン殿が苦々しい顔でわざわざ私を引張り出した理由。
肝心の当人だけが、お判りでない。

今も単純にただ目の前の患者を心配し、その足首と子息の顔とを交互に見上げている。
ご本人は視診のおつもりだろうが、若者にとってそうは見えない。
こんなに真摯な視線で、じっと見つめられれば。

女人と接する機会も少ない貴族の子息。
国子監への入学の為に勉学に明け暮れ、都でいきなりこんな風変わりな美しい女人に出会って、親切に介抱されれば。
深読みしなくとも答など、自ずと導き出されるだろう。脈診するまでもなく、チェ・ヨン殿はそれを見抜いた。

この子息は、ウンス殿を見初めたのだ。

先刻、痛む足を引きずり門に駆け付けて来た時の様子。
ウンス殿が振り向いて目が合った瞬間の、輝いた笑顔。
その一声だけで真赤に染まった、初心な子息の耳と頬。

初恋というやつか。恋煩いほど厄介な病もない。
担ぎ出したチェ・ヨン殿を恨みつつ、私は居間で腰を上げる。
「薬湯を処方して参ります。これより七日から十日は不自由かと思いますが、出来る限り動かず、静かにお休みください」

私の声に若者は、何の疑いも抱かぬように素直に頷いて笑った。
「はい。ご面倒をお掛けしました。ありがとうございます」
まるで無垢な赤ん坊か、生まれたての仔犬のような澄んだ目で。
余りに純粋過ぎて、此方が目のやり場に困ってしまう。これではチェ・ヨン殿も敵意を剥き出しには出来兼ねただろう。

私の声に若者が頷くだけで済めば大団円だった。
だがそこで再び怖ろしく男心に鈍い方が、善意、そして熱意という名の勘違いで平然とそれを台無しにする。
「ああ良かった!安心したわ。テギョンさん、明日からは私が湿布を持って様子を診に来るから、大丈夫ですよ」

きっと今あの若者の心の臓は、期待と喜びで跳ねまわっているに違いない。
だからと言ってその厄介を丸投げにされても困ります。
私は心の中で一人毒づいて、そのまま居間を後にした。

敢えて其処にウンス殿と、そして迂達赤のあの若い兵を残して。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    テギョンさん (///∇//)
    ダラー♥
    でもさこれ以上 ウンスに懸想してもね
    思いは届かないかも
    ただでさえ この女人鈍感だし(笑)
    デレ~ってしてると
    鬼が来るわよ ぷっ

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    「この鈍感な方」
    本当にそうですね(^o^;)
    ウンスも早く気付いてよ!
    で…キム先生
    ウンスとトクマン君を置いて
    帰ってしまうの??
    ヨンに怒られちゃいますよ(^^;

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