2016 再開祭 | 飄蕩・前篇

 

 

【 飄蕩 】

 

 

坤成殿の御部屋の中は、まるで時が止まったみたいに静かだった。
媽媽は息を飲んで、大きな目をもっと大きく見開いて。
叔母様は真っ青な硬い表情で、媽媽の横に立っていて。

そして媽媽の向かいに座った王様は苦しそうに大きく息とつくと、もう一度テーブルのこちら側を見た。
「水軍を総動員し、周囲の官軍も揃えて捜索しておる。護軍の証言から計算すれば、船は然程沖には出ておらぬ。故に」

媽媽のやわらかいお手が、私の冷たい指先をぎゅっとつかんだ。
叔母様は何もおっしゃらないままで、私の背中を何度もなでる。

「故に余は諦めぬ。決して。あの大護軍に何かあるわけがない。笑って戻るか、若しくは造船廟の長官を怒鳴って戻るか。
何れにしても戻る。必ず」

きっと王様は心が痛いんだろう。そんな目をしていらっしゃる。
だから一生懸命、まずは頷いて見せる。

「もちろんです。あの人は・・・きっと泳ぎだってうまいはずです。何でも出来るもの。
苦手なんてないはずです。一緒に水、遊び、した時だって」

媽媽が懐からきれいな刺繍の小さなハンカチを取り出すと、私にそっと握らせて下さる。
叔母様は悔しそうに顔を背けて、背中をなでて下さっていた手で今は肩をきつくつかむ。

「水遊びしたんです。泳げたはずで、きっと、それにみ、ず着を。私が、み、水着を」
「そうです。医仙。あなたを置いてあの大護軍が」
一向に要領を得ない私の声を、動揺していると思われたんだろう。
王様はお声を切り、今まで開いていらした目をきつく閉じる。
こみ上げた何かをこらえるように、眉間だけじゃなく、鼻根にしわが寄るくらいにきつく。
そしてそのまま何度も深呼吸をしてから、ようやくもう一度目を開けられる。

それはきっとテーブルの向かいで、言葉もなく心配そうにご自分を見ている媽媽のため。
あの人も同じ。きっとそうやって、元気に帰って来てくれる。

自分のためじゃない。あの人はそんな事考えてくれない人だから。
無茶しないでね。気をつけてね。何度言ったって聞いてくれない。
そして絶対に言うのよ。イムジャ、あなたの為に帰って来ました。

「あの大護軍が、医仙を置いて何処にも行く筈がない。寡人にはよく判っておるのです」
「ちょ、な」
「判っておるのです。必ず戻って来る。ですから諦めぬ」
「はい」

頷くと同時にもう一度ぽろぽろと落ちる滴を、瞬きで払う。

「諦めてはならぬ。今は船の行方が掴めなくなっただけの事だ。
夜を徹そうとも、幾日かかろうとも、必ず捜し出してみせよう」

王様はそうおっしゃると媽媽に、叔母様に、そして私に強い目で頷いた。
「高麗で初めての友を。初めての忠臣を」
媽媽は王様に向けて、静かに頷き返す。

「そなたの大切な甥を」
叔母様はそのお声に、深く頭を下げた。

「医仙を己の命より大切にするチェ・ヨンを」

王様の宣言に何も言えずに、媽媽と叔母様の温かい手を感じながら、私は馬鹿みたいに何度も頷いた。

 

*****

 

「甲、全員無事です!」
「乙、確認しました!」
「丙、異常ありません!」
「丁、揃っております!」
一先ず報せの声に安堵の息を吐く。

傾きかけた船底は、海底に突き出た根岩に抉られたのだろう。
全長は十六歩、およそ百と三十尺。高麗で最も巨大な船の一隻。
浸水しても沈むまで刻はある。そして完全に沈むとも限らん。

「陸を探せ」
張った声にそれぞれの組長が、十六歩の巨大な甲板を走り出す。
己も手近な左舷へと走り、眸が届く限りの霧の海面を見渡す。

出来れば戻れるのが最高だが、走り始めて半刻は経過している。
この霧の中を泳いで戻り、万一方向を見失えば全滅だ。
焦りの余り決断を誤ることは出来ん。

陸地。この辺りの岩礁地帯には大小の島が点在している。
走り始めて半刻ならば、まだ周辺に島はある筈だ。
その時舳先からテマンの鋭い叫び声がする。

「大護軍、陸です!」
その声に俺を始め各組の組長らも一斉に舳先へ駆けつけた。

「何処だ、テマナ」
「あ、あそこです、ほらすぐ」
「・・・見えるか」

トクマンの声にチョモが目を細め、霧の中を透かし見る。
「いや。俺には何も」
「聞け」
俺の声に全員が姿勢を正す。

「馬は全頭牽く。泳がせろ。騎馬隊が手綱を持て」
「はい!」
「全員衣を脱げ」
「・・・え」
「衣が水を吸うと沈む」

あの時の水遊びであの方が教えて下さった。
一々説明する暇はない。互いの裸など鍛錬後に見飽きる程眸にしている。

「頭にでも括りつけろ。持ち物は最低限で良い」
そう言いながら舳先の操舵室の戸板を蹴りつける。
戸板は厭な音を立て蝶番から捥げて、内へ倒れた。

「残り・・・四、五枚。引紐を括りつけろ」
「は!」
「刀と槍、鎧が最優先。弓矢は負え。潮に濡れても問題ない」
「は!」
「急げ」
「は!!」

各組長が甲板に散る中で、霞む島影の形を頭の中へ叩き込む。
戸板にしがみ付こうと犬掻きで泳ぎつこうと、命あっての物種だ。
泳ぎの下手を運ぶなら馬。水の力もある。裸なら大柄な迂達赤でも二人程は乗せられるだろう。

失うわけにいかぬのはまず奴らの命。次に武器。
食糧や水はどうしようもない。島に泳ぎ着ければ如何とでもなる。

俺はその場で纏う麒麟鎧の背紐に手を掛け、結び目を解いた。

 

 

 

 

ヨン達や部下たちを乗せた船が
暗礁に乗り上げ…。
海に投げ出される寸前に
いつかの「水着事件」を思い出し
衣を脱ぐように命じるヨン。
そのおかげで全員が助かる。

救出の船が到着するまで
ヨンは得意の釣りで、
テマンは野山を走り回り
食料を調達する。

たくましく生き抜く男たちの姿と、
心配で待ちきれないウンスの
様子を見せてください♥(muuさま)

 

 

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