2016再開祭 | 気魂合競・拾参

 

 

「始め!」

大きなその声と同時に、目の前の男がこっちをにらむ。
やりにくいな。
その男は俺が隊長に拾われた年頃と大差ないような、まだがきって呼べるような若いやつだった。

勝たなきゃいけない。それは分かってるんだ。
大護軍が少しでも疲れないうちに、無事に決勝まで上がれるように。
だけど。
「にいちゃん、かってー!」
「まけるな!」
「兄ちゃん、がんばれ!!」

向かい合う俺達を囲むまわりの人垣の一番前から、三、四人並んだ小さい子供が口々に叫ぶ。
どの子も髪は伸び放題で、それを後ろで結わいてる。
顔は薄汚れてるし、着てる衣も同じようなもんだ。

みんな小さくてやせてて、食い物に困ってるんだろうとひと目で分かる。
俺には魚を釣って焼いてくれた隊長がいた。
こいつらには、この兄ちゃんってやつがそんな存在なんだろう。

何だよ、俺はどうすればいいんだよ。

「テマナぁ!!頑張って!!」

その時急に人垣の中から、子供の声に負けないほどの医仙の大声が聞こえて、俺は驚いて振り返る。

医仙が大声を出したのは俺のためっていうよりも、その隣にいる声の出ないあいつのためだったらしい。
「負けるな!遠慮はなしよ!トギが応援してる!!」

あいつは真っ赤な顔で俺に向かって首を振った。その指が俺に向かって言ってる。

無理するな、けがだけはするな。

あいつの声はどんなに辺りがうるさくても、こうやってまっすぐ届くからうれしい。
目の前の若いやつには悪いけど、やっぱり大護軍に胸を張れる勝ち方をしなきゃいけない。
そしてあそこに立ってる、真っ赤な顔をしたあいつのためにも。

医仙の大声に互いに気がそれていた俺達は、もう一度しっかり目を合わせ直す。
次の間合いで俺は目の前の小さな男に二歩で飛びつくと、そのままその足をすくって倒した。

「決まり!」
「やったあ!!」
トギの分まで張り上げた医仙の勝ちどきの声と、
「えーーーっ!!」
子供たちのがっかりした叫び声が、俺の耳に一斉に飛び込んできた。

 

*****

 

両の手に嵌めた黒鉄手甲に目をやった審判の男は
「その手甲は外してくれよ、兄さん。角力に武器は禁物だ」
と渋い顔で告げた。

何を愚かな事を。外す方が尚更厄介だ。
俺の最大の武器が剥き出しになる方が。

無言で手甲を指で辿ると、男は急かすような声音で言った。
「外さなきゃ棄権になるぜ、どうする」

俺も此処で棄権負けなどしたくはない。
それではわざわざこの真昼間に表に出向いて来た意味がなくなる。

辿っていた指で仕方なく黒鉄手甲を引き抜くと、袷の胸元へ放り込む。
夏の陽射しに晒された裸の両の掌を、握って開き確かめる。

涼しく吹く風が少し強くなった気がする。まだこの手を振ってもおらんというのに。
俺が両の手甲を外したのを確かめてから審判の男は一歩下がり、大きく声を張り上げた

「始め!」

息を整えると、目前の男を切り刻まぬようにとだけ注意しながら腕を伸ばし、相手の襟首を掴む。

掴んで引き付け、相手の足元が崩れたところで己の腰にその重みを預かり、勢いを利用して掴んでいた襟首を突き放すように離す。

呆気なく仰向けに倒れた男は瞬く暇もなかったと見える。
何が起きたか判らぬ面で、地面から無言で俺を見上げていた。

風を起こさず、相手の体を切り刻まず。
此度の角力で気を付けるべきは、勝敗ではなく其処だった。

いや、妙な気を廻さず早々に負ければ良かったのだろうか。
そうすれば少なくとも眩しい陽光の下、馬鹿げた下らぬ気遣いから解放されたのに。

「・・・決まり!」

そうだ。俺でなくとも良かった。あ奴の周囲の誰かが優勝すれば。
妙案を思いつくのはこうして泥沼に嵌り、一歩たりとも抜き差しならなくなってからだ。
本気で組合った事を今になった悔いても遅い。

うんざりした気分で袷から黒鉄手甲を取り出すと両手に嵌め直し、俺は周囲の人垣に紛れ込んだ。

 

*****

 

「あ!」
酒楼の門をチュンソク隊長と一緒にくぐってきたみんなの姿に椅子から立って、私はそこに駆け寄った。
「キョンヒさま、ハナさんも!」
「ウンス、ここにいらしたのか」
私の声にキョンヒさまが明るい声でおっしゃった。

この人出じゃ、ちょっと通りを歩くだけでもひと苦労。
どこかではぐれてしまえば、落ち合うまでにうんと時間もかかる。
私はあちこちウロウロしないように叔母様とタウンさん、そしてトギと4人で酒楼でノンビリしているところだった。

まあ・・・ノンビリっていえば聞こえがいいけど、実際は出歩かないように監視されてる気もする。
最初は人出も興味があったし、あちこちに出てる出店も見て回りたかった。
でも昨日のうちに叔母様に
「手裏房の酒楼に、席を用意しております」
って釘を刺されちゃったし。

「あ奴も医仙があちこちをうろついておっては気が気ではないでしょうから、奴の為にそうしてやって下さい。
奴の取組の時だけ試合を見れば、満足も安心もするでしょう」

朝の回診に伺った坤成殿で、叔母様はそんな風に切り出した。
その横で媽媽も心配そうに頷きながら、私をご覧になってるし。
そんな風にあの人を人質に取られちゃったら仕方ない。反論もできないまま、私は黙って頷くしかなかった。

 

 

 

 

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