2016 再開祭 | 嘉禎・13

 

 

 

 

この姿が目を引くのは判っている。あの時と同じだ。
天界の人々が足を止め、攻撃を仕掛けるでもなく遠巻きに囲み、珍奇なものでも眺めるように無遠慮に俺を見た。

この世では誰も纏わぬ鎧、衣。そして何より目を引く鬼剣。
俺からすれば珍奇なのは天界の衣だが、それを言っても始まらん。

前から気配が近づくたび周囲の木に、柱に、殿閣の影に滑り込み気配をやり過ごす。
此方へ向かう気配は余りに多く、隠れてばかりで思うように進めん。

この方も同じように考えたのか。
遅々として進まぬ足に苛りとしたように、今また飛び込んだ閣の柱の陰で俺を見上げ言い放つ。
「ヨンア」
「・・・はい」
「無理。こんな風にかくれんぼしてたら、ホテルに辿り着く前に朝になる」
「確かに」

この方を攫い、透き通る盾を奪い、壁を破って逃げた。
あの時に向けられた敵意、そして差し向けられた追手。
擦れ違う者共に追手の気配は感じぬ。
それでも明るい処を大手を振って歩ける立場ではないのは判る。
だからこそこの方も参道を、影を選んで歩いているはずだ。
見つかれば面倒だと思っているからに違いない。

周囲を見渡した瞳が物陰から大門までの距離を測るよう、柱の影から先を見る。
そして囁くように
「ここで待ってて」
そう言うと小さな温かい手が、俺の両手を握り締める。
「すぐ戻って来る。絶対動かないでね。どこにも行かないで」
「判りました」

言い聞かせるようなその声に渋々頷く。仕方ない。
右も左も、規も則も判らん天界で、確かに一人で歩く事すら儘ならん赤子も同然。
頷いた俺を確かめてからこの方は閣の柱の影を飛び出し、一目散に眩しい箱の並ぶ方角へ走り去る。

柱の影に身を隠したまま、その背を眸で追い息を吐く。
手も足も出ない。これ程情けない思いをしたのは久々だ。
少なくとも暗闇ではなく、明るいところを歩ければ護れる筈だ。
一人で駆けて行く背を見送るのではなく、共に走れる筈なのに。

己の鎧の胸元を見下ろす。
そして柱の向こう、明るい境内を歩き去る者共を。
衣はどうしようもない。しかし一番の違いは、この鎧と鬼剣。

誰も着込まぬ鎧、それは誰も武器を持たぬのが理由だとすれば。

周囲を素早く見渡し、俺は鎧の背紐の結び目へと腕を伸ばした。

 

*****

 

COEXモールの手近な店に飛び込む。
まぶしいライティングのおしゃれな店内で、綺麗なお姉さんが
「いらっしゃ」
営業用の作り声で言いながら振り返る。

そして私のかっこうを見て首を傾げ、途端にトーンを低くして
「・・・いませ」
つまらなそうに言った。

そうよね、高麗の着物のままだもの。
このかっこうで、お金を持ってるお客だと思わないのは分かる。
でも私だって江南で整形外科をして来た女よ。それなりの稼ぎを上げて来たんだから、バカにしないで。

意味もなくつんと顔を上げ、店の中を見渡す。どれくらいこの世界にいるか、いられるかは分からない。
まずはすぐに着替えられる服。いざとなったら簡単に走れる靴。

店の中を見渡して、ワンピースを1着。シャツを1枚、パンツを1枚。
念のために顔を隠すサングラス。
この辺をうろついて、元同僚や患者にすれ違わないとも限らない。
そして最後に、ほどほどのヒールのパンプス。

後はいざとなったらホテルの中で買ったっていいわ。
少なくともチェックインが出来れば、自由に動ける。

それをレジへと置いてから、ようやく思い出した財布を着物の胸の中から引っ張り出す。
ああ、こんな時じゃなきゃ散々試着してから選べるのに。
こんな買い物、ネットショッピングと変わらないじゃない。
でもいい。仕方ないわ。我慢する。明日・・・

そこまで考えて急ににっこり笑った私を盗み見ながら、レジのお姉さんがトレイに置いたカードを機械に通す。

明日やらなきゃいけない事が終わったら。
付き合ってもらうわ、ヨンア。

手元に戻ったカード。盗んだとでも思われたのかしら。
レジのお姉さんは承認されたレシートを何度も確認した後、やっと安心したようににっこり笑って
「こちらにサインをお願いします」
そう言って小さな紙きれを私に向ける。

そして分かった事がもう1つ。レシートにプリントされた年月日。
今は2013年5月って事だった。 私がこの世界から消えた翌年。
でもこれで分かった、別の事。
多分もうあの家には帰れない。入れないはずよ。だってローン。
どうなったのかな。ほとんど住んでないから売却で相殺できたのかしら。
少なくともクレジットカードが止まってないんだから、そういう事?
後で銀行残高も確かめるべきよね。妙に現実に戻って考えちゃう。

渡されたボールペン。ああ、ボールペンじゃないの!
顔も指先も汚して墨をすらなくてもペン先からインクが出て来るのに感動しながら、レシートのサイン欄に大きく書く。
유 은수 ユ・ウンス。

・・・いいわ。分かるわ。今の私、周りから見ればちょっと変だって。
着物はボロボロ。だけどゴールドカードをポンと出して、そのくせ安物のボールペンに感動して。

「そのまま着て行きます」
そう言った私に、レジのお姉さんは中途半端な笑顔で頷いた。
ねえ、私のこと値踏みしてたでしょ。
私はそんじょそこらの女じゃないわよ?プライスレスよ。クレジットカードじゃ買えないわよ。

何しろあの伝説の英雄、高麗の大将軍チェ・ヨンの妻なんだから。

 

 

 

 

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