2016 再開祭 | 春夜喜雨・廿肆

 

 

ああ、まぶしいなあ。
せっかく良い気持ちで寝てるのに。

布団の上を転がりながら、どうにかあの人のはしっこを探す。
守ってくれる背中でも、握りしめられる指先でも、安心して顔をうずめられる胸でも、大きな踝でも。
どこでも良いから、触りたい。触って隠れて、もうちょっと寝たい。

いつもなら、ここまで転がればどこかで見つかるはずなのに。
ううん、見つける前にあの人が先に見つけてくれるのに。
あの長い両腕の中にすっぽり包み込んで、なだめるみたいに髪にキスして、背中をさすってくれるはずなのに。
「・・・どこぉ・・・?」
寝ぼけ半分で聞いてみる。
こんな風に寝起きの掠れ声で聞けば、必ず大好きなあの声が落ち着かせるみたいに囁いてくれるのに。

此処におります。

聞こえないのはどうして?どこに行っちゃったの?
「・・・ヨンア?」
目がさめる前に、先に心臓が眠りから覚醒する。
急に動悸がして、それに続いて頭がシャッキリする。
「ヨンア」

最後に目が開いて、その高さから見る景色はうちの寝室じゃない。
見慣れない景色の中で思い出す。そうだ、巴巽村。

いつもとは高さも硬さも大きさも違う寝台、使い慣れない枕。
窓の外からは川の音、久し振りのお日様。懐かしい、巴巽村の朝。

思い出した。だけどあなたはどこ?今は何時ころ?

慌てて寝台から体を起こして、目元に落ちてくる髪をかき上げる。
何で?どうして? 見回す部屋の中に、隠れる場所なんてない。
寝台の私の横、あなたの分がぽっかり空いたスペース。
そこを手で確かめればすっかり冷えてる布団の感触で、あなたが起きてから時間がたってることを知る。

起こさずに外に出てったの?それとも起こしてくれたのに寝てた?
ひとまず着てた部屋着の上から上着を羽織って、髪を手櫛で整えて。

ああ、指輪を作る時に顔を洗ってたのは外の井戸よね?
汲んでやるわよ、井戸水でも何でも。
寝台の下の靴をつっかけて、枕元に置いてた小さな手拭いを握って、急いで庵から飛び出す。

井戸・・・井戸はどこだった?この道をまっすぐ行った、村長さんの庵に行く途中だったはず。
大丈夫よ、迷ったって村の中なら、きっと誰かに会える。
会ったら井戸の場所も聞けるし、あの人がどこに行ったか分かるかもしれないんだし。
村が危険ならチュンソク隊長やみんながいても、あの人が私だけ残して行くわけがない。
だったら早く顔を洗って、探しに行かなきゃ。

私が開けた扉の音と同時に、隣の庵の扉が開く。
その音と同時にすっかり身支度を整えたチュンソク隊長が、びっくりした顔で飛び出して来た。
「医仙」

短く呼んで二つの庵を分ける垣根を回って来るチュンソク隊長に
「おはよう、チュンソク隊長」
私は声をかけながら手を振った。

 

*****

 

巴巽村で向かえる初めての朝。
昨日までの春の雨が全てを洗い流し、透き通る陽射しが入る小さな庵の窓の外。
大護軍と門番の話し声を聞くともなく聞きつつ、音を立てんよう庵の中で衣を着替える。

恐らく大護軍も、お二人で話したい事があるだろう。
巴巽村では俺は新参者だ。大護軍の邪魔をするわけにいかん。
そのうちに門番の男が立ち去る気配がして、着替え終えた俺は朝の挨拶に行くべきかどうか迷う。

朝寝の話が出ている。このまま大護軍ももう一眠りするかもしれん。
何しろ眠り続けるのはあの人の得意技だ。
中途半端に起こした時の機嫌の悪さと来たら、今は昔の話とは言え、当時迂達赤にいた俺達全員の脳裏にこびりついている。

そこいらの女人より整った顔、その半眼で睨め付けられる恐ろしさ。
次には枕なり行李なり棍なり、掴める物が手当たり次第正確無比に飛んでくる。
迂達赤の何人がその攻撃で被害に遭ったか。
いつの間にか俺達の中には、一度眠った隊長は起きて来るまで絶対に起こすなと、不文律が出来上がっていた。

まして医仙と共寝となれば・・・邪魔すれば枕や行李だけでは済まんかもしれん。
邪魔をしたくもない。ようやく開京を離れ、大護軍も心身ともに休養が必要だ。
庵の中で逡巡していた耳に、何故か庵でなく裏手へ廻る大護軍の微かな足音が届く。

見当違いな方角に思わず眉を顰める。
その道はこの庵の裏手、渓流へ続くのではないだろうか。
あの人に限って道を間違える訳もない。理由あって渓流へ降りるのか。
俺が必要なら声が掛かる筈だ。村内が安全な事は分かっている。

医仙を起こして連れ出した様子は一切ない。
ならば俺は今は黙って、此処で次の声を待つのが役目。
垣越しの庵の中に残っておられる筈の、医仙の気配にだけ注意して。

肚を決めると三和土の端へ腰掛け、窓の外、朝陽越しに覗く隣の庵の垣を見つめた。
大護軍の足音が完全に庵の裏手へ消えるかどうかのところで、まるで気配を追うかのように人の気配がする。
冗談だろう。
思わず目を瞠り、耳を澄ませる。

俺達は兵だ。気配を読む事も先回りも散々鍛錬してきた。
どんなに小さな音も聞き逃さぬよう。それは自身の命、仲間の命に関わるからだ。

しかしあの方は天界の医官様だ。気配を読む必要はない。
それなのに大護軍の気配が消えた瞬間に、こんな風に動き出すのか。

最初は医仙の気配に慣れぬ自分が、読み違いをしたかと思うた程だ。
しかし間違いでない証拠に、その物音は段々と大きくなる。

最後に確りとした足音と共に、隣の庵の扉が大きく開く。
その瞬間、既に三和土から腰を上げていた俺は、同時に庵の外へ飛び出していた。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    さらんさん、こんばんは❤️
    さすが兵 気配を読むのも体に染み付いた慣れって凄いものですね。
    そしてヨンの寝起きの悪さw 見てみたいo(*´ヮ`*)o
    ウンスもヨンの気配と言うか感じる事はあるんでしょうね。
    二人は比翼連理ですからね~( ´艸`)

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    ウンスもチュンソクも
    ヨンが居ないだけで大騒ぎ??
    ヨンが熱くなった頭を、冷やしに行ってるとは、思ってもいないでしょうね(笑)
    ヨン~早く顔を見せないと
    またウンスが拗ねますよ(^_^;)

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    ウンスったら
    「待つ」より「探す」なのね
    ヨンは冷やしにいちゃったし~
    ウンスは 顔を洗って探す気満々
    そこに 一生懸命よんでるつもりが
    間の悪いチュンソク…
    ま ウンスが フラフラ 1人で出歩くより
    お供してもらった方が 安全ね~
    あ、 大護軍は あっちです~ 案内してくれる?
    (;´▽`A“ いつもありがとう ぽっぽ~♥

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