2016 再開祭 | 桃李成蹊・17

 

 

明るく抜けるみたいな、南国独特の空の色。
濃い青空に浮かぶ真っ白の雲、白い砂のビーチに緑の海。

ああ、思い浮かぶ言葉がどれも陳腐すぎるのよね。
”地上最後の楽園”とか ”天国みたいな景色”とか。
だけど本当よ。それ以外当てはまる形容詞がない。

韓国から5時間足らずでこんな場所に来られるなんて嘘みたい。
この言葉も使い古されて久しいんでしょうけど言いたくなるわ。
”まるでポストカードのような” その風景。

ビーチを行き来する大勢の人。みんな薄着で、そしてTV業界のひとっぽい、年齢不詳なラフで自由な格好をしてる。
Tシャツ、ジーンズ、サンダルにキャップ。出演者が衣装を着ているせいもあって、なおさら奇妙な感じ。

「本当に絞ったね。詐欺師のイメージにはぴったりだけど」
「でしょう?本人が努力しましたから」
チーフマネージャーさんが、監督さんのその声に嬉しそうに笑う。
これも演技?それともチーフさんもあの人と彼を混同してるの?

「じゃあ今回は良い作品にしましょう。社長が来られなかったのは残念だけど」
「その分僕とウンスさんがフォローします。よろしくお願いします!」
「いえいえ、こちらこそどうぞよろしく」

ああ、空々しい。本当にこんな会話が現場で交わされるのね。
マネージャーと握手した監督さんは笑って頷いて、不機嫌極まりないあの人のいるトレーラー前から歩き去っていく。

それをしっかり確かめながら、南国ののどかさには程遠い目の前のロケ現場を茫然と見渡す。
アンナさんと一緒だった頃の、あのスタジオなんてレベルの話じゃない。
カメラだけで何台あるの?全体アングル用、アップ用、ハンディに肩掛けくらいのサイズ。
さっきはメイキング映像はこっちで撮りますって、また別のカメラを紹介されたし。

そのうえに美術やら衣装やら照明やらの各監督にアシスタントさん。
何をしてるのか分からないけど、両手いっぱいに荷物を持って走り回ってる若い人たち。
各出演者用に並んだ大型のトレーラー、それに出入りしたり、その前に並んだスタッフの人たち。

実際行ったら自分が浮いちゃうかもなんて、全く心配なかったわ。目立ちもしない。
あんまり人がたくさんいすぎて、頭がクラクラしちゃう。
これで入れ替わりに気付く人がいたらたいしたものよ。

でも今のあの人はイ・ミンホ。絶対にそこだけは忘れちゃダメ。
うっかりヨンアなんて呼ばないように頭の隅っこに刻み付ける。
大きなパラソルを立てかけっぱなしのトレーラーのドアへの階段を上がって、そして形式上のノックをすると、私はドアを引いた。

「あ、ウンスさん。お疲れ様です」
中にいたメイクさんと衣装さんが、そういって頭を下げる。
「もう終わったので、どうぞ」

私が何か言う前に、そう言ってみんなが荷物をトレーラーの簡易棚に片づけると頭を下げて、開けっ放しの扉から入れ替わりに出て行く。

うーん。彼女たちは知らないのよね?あまりの物わかりの良さに、ちょっと心配になる。
それだけイ・ミンホって人がすごいのか、それとも社長代行っていう肩書がすごいのか。
事前に根回ししてくれた社長さんがすごいのか、チーフマネージャーの説明がすごいのか。

とにかく私がそばにいる時は、チーフマネージャー以外は寄るなって言ってあることしか聞いてない。
それとも考えたくないけど。もうバレたなんて・・・ないわよね?
心配と考えすぎで胃が痛くなりそう。何だか吐き気まで。自律神経よね。ストレス溜まってるのかも。

2人っきりになったトレーラーの中、設置された鏡の前で黙って目をつむってるあの人の横顔を見る。
トレーラーの全部の窓にはしっかり大きなブラインドが下りている。
でもその外を通り抜けてく人の気配や物音は思ったよりも聞こえる。

「ヨ」
「はい」
呼ばれる前に返事されちゃうのも怖い。
「ご機嫌」
「聞かずに」
・・・そうよね。 私ですらこれ程神経すり減らしてるんだもの。

どうにか息を整えると、あの人は目をようやく開いた。
「イムジャの所為ではない。八つ当たりはしたくない」
「うん」
そういって鏡の前の椅子に座ったあの人の横まで行く。
座ったあなたと横に立った私が、周囲をぐるっと一周ライトで囲んだメイク用の大きな鏡の中に映る。

触られたらイヤかな。そう思いながらセットし終わった髪を崩さないように、その頬にそっと手を当てる。
「つらい?」
「いえ」
「触っていい?」
「・・・はい」
この2週間で嘘みたいに感触が変わった。
肉の削げた頬にあてた私の手に、この人が珍しく頼るみたいに大きな手を重ねて頬を寄せる。

「脈、診ていい?」
「暫し」
いつもなら私の脈診を嫌がることなんて、絶対にないのに。
手を重ねたまま本当にキツそうに大きく深呼吸して、鏡の中の黒い瞳が無理したみたいに笑う。

「身に染みました」
「うん、何が?」
鏡の中で私を見つめる黒い瞳に、同じように鏡越しに聞いてみる。
「奴の真似事は金輪際出来ぬと」
「ヨ・・・!」
ヨンア、思わずそう大声で叫びそうになって、慌てて声を低くする。

「今からやめるってこと?」
「いえ」
「そんなにつらい?私に何かできる?」
「出来るならば、髪とめいくと衣装を」
「・・・ゴメン、挑戦する前だけど、それは無理」
「はい」
うなだれた私にようやく楽しそうに小さく笑って、あなたが重ねた手を離す。
「悔しくて堪らぬのは」

今度こそ本当に機嫌の悪い声で、あなたが私の左手を暖かく包む。
大好きなその指先が、私の薬指の2つ重ねた結婚指輪をそっと辿る。

「あなただけがこの輪を嵌めている事です」
「・・・うん、仕方ない。ヨンアの分もここに預かってるから、安心していいからね?」

大きすぎて抜けちゃうから、下にこの人のリング。
そして上から自分のリングを重ねて、今は私だけがダブルではめてる結婚指輪。
「完璧に熟す。一日も早く戻りましょう」
「うん、頑張ろう!台本覚えた?」
「はい」
「NG出したらダメよ?」
「・・・はい」
「アジャアジャ!!じゃあ、脈診するわね」

私が笑うと左手を包んでくれる大きな手が、名残惜しそうにゆっくり離れていった。

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です