2016 再開祭 | 春夜喜雨・参

 

 

「今のところ王様の御様子に、特に気掛かりな事はありません」

春雨に濡れる石畳の上、足許で跳ねる雨雫。
足早に康安殿へ向かう回廊、半歩後ろでチュンソクが首を捻る。
「ああ」
「迂達赤たちからも報告は無く」

確かに耳には届いていない。
他軍の鍛錬も増え、頻繁な交流も増えたとはいえ、王様への謁見が無くなったわけでは無い。
俺はあくまで迂達赤だ。
王様をお守りする手を緩めるつもりも、眸を離すつもりも無い。

その俺も、そして今誰よりお側に控えるチュンソクも思い当たらぬ事。
俺だけ、チュンソクだけならまだ判る。
何かお悩みであれば俺、そして迂達赤の守りであればチュンソク。
御声掛けがあっても不思議ではない。
しかし共に歩哨でも無く、王様の衛から外れている稀な時に纏めてお呼びが掛かる理由。

「不安とすれば元の動きか、奇皇后くらいしか思い当たりませんが」
降りしきる柔らかな春雨に、密事を隠す雨音は無い。
周囲の耳を気にしてか、足音に紛れてチュンソクが低く呟く。

「ならば元の密偵か手裏房から報せがある」
「はい」
これ程智慧を絞っても答が出んなら、考えても仕方が無い。
直に王様にお会いして伺うまで。
石畳を濡らす雨を横目に、互いに黙し足早に回廊を進む。

 

「王様」
康安殿の入口で、僅かに声を張る。
「迂達赤大護軍チェ・ヨン、参りました」
「迂達赤隊長ペ・チュンソク、参りました」

張った二つの声に、すぐに室内より御声が返る。
「二人とも入りなさい」
その御声と共に、室内の内官によって開かれた扉から踏み入る。

階上の執務机の前。
内官長とチンドンを両脇に、ゆったりと腰を据えられた王様の御顔。
此方へ向かれた御顔を確かめ、その表情に安堵の胸を撫で下ろす。

ひとまずは大事ではないらしい。
緊張された御様子も、お悩みの色も感じられん。
横のチュンソクも同じように感じたのだろう。
息を吐く奴の気配を読みつつ、階上の王様へ頭を下げる。

「お呼びと」
「ああ、大護軍も迂達赤隊長も、足労駆けて済まぬ」
「いえ」

王様は満足げにおっしゃると、執務机の前の玉座を立たれる。
「ドチ、人払いをせよ」
その御声に、脇に控える内官長が静かに頷いた。

「二人とも、掛けるが良い」
「は」
王様が御手で長卓を示され、一巻の文を手に階を降りられた。
玉座への御着席を待ち、続いて俺達が着座する。

玉座の王様は、先ず俺に目を向けお呼びになる。
「大護軍」
「は」
「関彌領主、シン・セイルを知っておるか」

突然の思いがけぬ名に、不得要領のままで頷く。
女鍛冶たちの巴巽村を守る関彌領主。
初対面の俺に向かい村の民を謀れば許さぬと言い放った、気の強い若い男の顔が浮かぶ。

「は」
「文を受け取った」
王様は長卓上の巻文を、此方へ向かい静かに滑らせた。
「読んでみよ」
「王様」
「ああ、構わぬから」

王様に宛てられた雁帛を、俺が拝読するわけにはいかん。
戸惑う此方を愉快気に眺め、王様は鷹揚に頷いた。
「半分は、そなたに宛てられたようなものだ」
「某に」
「読んでみよ。自らの目で確かめてみれば良い」

重ねられた勧めに渋々文を手に取り、その墨蹟に眸を走らせる。
奴らしい手蹟。繊細な墨色で歪みなく強いが、撥ね止めや払いは掠れなく几帳面に終わる。
巴巽村で二度対面した領主の、意固地で真直ぐな人柄が見える。

しかしその手蹟を読み進め、俺は思わず眉根を寄せた。

 

 

 

 

6 件のコメント

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    さらんさん、おはヨンございます❤️
    シン・セイルさんですか~
    鍛治さんの村で何か問題かな?
    王様を通してヨン宛に何か伝えたい事があったのかな。
    外敵とかかしら。
    気になりますねぇ。

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    関彌領主シン・セイルから
    王様にあてた文‥
    ヨンが眉間を寄せたという事は、
    何か重大な事が書かれてるの?
    でも、王様は穏やかなお顔をされてるし・・・
    さらんさん❤
    続きが気になります(^-^;

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    王様の様子に変わった所も無くほっと胸を撫で下ろしたも束の間…関彌領主シン・セイルからの文。
    村で何かあったのでしょうか??
    …王様の落ち着いた様子とは違い、ヨンさん眉根を寄せちゃうってどうしたのかしら?

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