「2人してどこ行ってたの?」
並んで竹藪を出た俺達を目敏く見つけたあの方が、焚火の脇から此方へと一目散に駆けて来る。
「ヨンア、どうするの?タケノコ真っ黒に焦げちゃってる」
「構いません」
周囲に聞こえぬよう声を低くしているのは、此方の体面を気に掛けて下さっているのか。
それとも自信満々に料理を引き受けた俺がしくじったかと、心配して下さっているのか。
仕上げを御覧じろだ。そう思い焚火脇までヒドと共に戻る。
先刻は肉の塊しか入っていなかった鍋の中に、今は薄く切った筍が山ほど加わっている。
あなたは杓文字でその汁を掬うと、二つの椀に其々注いで俺とヒドへ差し出した。
「まず味見をお願いしていい?」
それぞれ差し出された椀を受け、中身に口をつける。
「・・・旨い」
ヒドも異論はないか黙って頷く。その途端、この方の顔も声もが今日一番明るくなった。
「ほんと?」
「はい」
「ヒドさんも?」
「・・・ああ」
「じゃあミヨクを入れるからヒドさん、量を確かめて下さい」
「好きに入れろ」
「早く早く、食べる直前じゃないとミヨクが溶けちゃうから待ってたんですよ」
「人の話を聞け!」
「ヒドさんにもみんなにも、美味しいとこを食べてもらわなきゃ意味がないんですから。ね?ヨンア」
「・・・はい」
ヒドの話を聞くつもりなど、端から全く無いらしい。
杓文字を手に鉄鍋を搔き回しながら、この方が笊の中の若布を見た。
「乾いちゃったらどうしよう・・・せっかくのセンミヨクなのに・・・」
ヒドの罪悪感を刺激するように呟きながら、その瞳でしきりに合図を送って来る。
「ヒド」
この方の粘り腰には奴もお手上げらしい。
取り成すように呼ぶと、痺れを切らしたように奴は大声で怒鳴る。
「適当にぶち込めば良いだろう!」
「それでも食べてくれますか?」
「鳥兜でも入れん限りは喰う。喰うから黙ってさっさと作れ!」
「本当ですか?」
それ以上口を利くのも厭とばかり、奴は露骨に顔を歪めて焚火の横から立ち去ると、広場の隅の竹の葉陰で此方に背を向け座り込む。
蒼竹の中、その墨染衣の背が怒っている。
「じゃじゃーん!」
焚火に掛かったまま湯気を上げる鍋。平石の上に並べた惣菜の皿の数々。
銘々に配られた若布と筍のたっぷり入った汁の椀。
「すげえ。わかめと筍尽くしだな」
皿の中身を一つずつ確かめて、シウルが嬉しそうに端を握り直した。
「ヒョン、旦那、喰おうよ。もう腹ぺこで待てないよ」
それでも大人しく、ヒドが箸を取るまで手を付けぬところが良い。
もしも気にせず喰い始めたら頭を一発張ってやるつもりだったが。
そんな遣り取りを尻目に、焚火から搔き出した焼筍の皮を剥く。
あの時教えられた通り数枚剥いて焦げた頭の先と下の根を落とし、小さな口でも食べ易いよう適当な大きさに縦に割る。
何しろ小さくせん事には、この方が咽喉に詰まらせそうで怖い。
湯気の立つ焼筍に歓声が上がる。無論誰より大きな声で叫ぶのは俺のこの方だ。
「ヨンア、すごい。本当に蒸し焼きになった」
「はい」
「何でも出来る旦那様で幸せ。脳セクねー」
「・・・何ですか、それは」
「脳もセクシーな男性。姿形や性格が良いだけじゃなくてお料理までしてくれる、あなたみたいな素敵な人のこと」
この方の手放しの褒め言葉に、焚火を囲む一同が鼻白む。
幾ら家族の前とはいえ言い過ぎだろう。窘めようと咳払いした俺に
「喰うぞ」
意外にもヒドから助け舟が出る。奴はこの方の汁を一口含み、椀の筍を口の中へ放り込む。
それを見て安心したように、シウルとチホも勢い良く食べ始める。
「うまい!」
「うん、うまい。肉だけの汁を見た時はどうしようかと思ったけど」
「天女は何でも出来んだなー。さすが天女だ、な、ヒドヒョン」
次に焼筍へ箸を伸ばし、音を立てて噛みながら
「筍に若布かあ。今しか食えないよ」
「うん、春だ、な、ヒドヒョン」
奴らは嬉しそうに言いながら、皿の中身を次々に平らげて行く。
「ヨンア」
その声に顔を上げると、ヒドが物言いたげに此方を見ている。
「竹秋か」
あの時の諦めたような、耐えているような、はしゃぐ俺達に笑ってるのに何処か救いようのない闇を湛えた隊長の眼。低い声。
竹秋だ。
でも今の俺には、竹林の足許の白枯れた葉に秋の淋しさは映らない。
ただ眠っているように見える。その下に抱いた新しい命を守る為に、喜んで枯れたように見える。
「・・・いや」
俺が首を振ると、ヒドの眼がほんの少し開く。
「赤道春風為我来」
白居易の一文を口ずさむと、どうやら理解したのはヒドだけらしい。
当の本人も何の事やら判らない顔で、丸い瞳で俺を見ている。
「・・・何処までも育ちの良い坊だな」
ヒドだけはそう言って、懐かしそうに笑った。
春風が自分の為に吹いてくれると思うと嬉しくなる。
風はあなただ。あなたが俺の、俺達の為に吹いてくれると思うだけで嬉しい。
ふと焚火の向う、物言いたげに唇を噛むテマンに気付く。
意味の判らぬ言葉遊びで気分でも損ねたか。
しかし此方へ来ると思っていたテマンは暫し逡巡した後に顔を上げ、この方の汁の椀を零さぬように抱え、横のヒドへ僅かに体を寄せた。

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いやん…焼き筍
涎が出そう…うーむ
椎茸焼…秋茄子焼を代わりに食べようかなぁ
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さみしくないわー
ウンスと共に 春がきた
荒んだ心に 優しい風が吹いて
癒されてく
筍の思い出…
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竹林…
筍を囲む「家族」
ヨンとウンスにとっては、ヒドもテマンもトギも
シウルもジホも…み~んな家族。
純粋にヒドを心配し、周りの皆が喜んで食べてくれるように、飾りっけなしで明るく場を盛り上げるウンス。
ヒド…
私、好きですよ!
本当はすっごくうれしいくせに、
迷惑しているぞ っぽく、振る舞うヒド。
真っ黒に焼けた筍…
ヨンに教えてもらったから、そうしたウンス。
中は…、オイシイ~。
赤月隊のころ、あの頃の隊長の前ではしゃぎながら焼いた筍。
ヨンもヒドも…皆も…。
でも、隊長はどこか寂しそうだった…。
きっと、喜ぶ隊員たちを見ながらも、自分たちの先の危険な任務を思い、隊員たちを大切に想うムン・チフには手放しで喜べなかったのかな。
そのときの様子を、ヒドは、ヨンも、感じているのね。
その引き締まる寂しさを、ウンスの明るさで、戻してもらっているよう。
蟷螂…ヒドさん。ウンスは、あなたを、ヨンの兄と思っていますよ。
恋人ではなくてね。
ヒドも、それが分かっているから、大切な弟ヨンの穏やかな時間を潰す気はない。
また、言います。
ヒド、好きですよ!
ん~、男だなあ!!
竹林の会食。
竹秋。
青い匂いの竹林でのひととき。
この時間、好きだなあ・・