2016再開祭 | 桃李成蹊・番外 ~ 慶煕 2017・1

 

 

あの最後の夜。
渦巻く風の中でこの男と別れた時、俺も確かに思った。

これで終いだ。この男と此処で逢った事を互いの悪縁にはするまい。
俺は高麗で、そしてお前は天界で。
そしていつか何かの縁で再び逢えた時、言った通り酒を酌み交わし、飯を共にしようと。

それは醒めた後に見た夢を思い出すのに似ていた。
もう二度と同じものが見られぬ事が判っているから夢想が出来た。
幼少の頃の幼馴染の朋を思い出すのにも似ていた。
二度と逢えぬが同じ空の下に居ると知っているから己を励ませた。

まさかほんの半年程で、再びの邂逅の機会に恵まれるなど考えず。
誘われ腰を下ろした長椅子の卓向う、奴も戸惑っているのが判る。
「・・・何か困っているのか」

あの時のように。故に呼んだのか。無意識に、だからこそ強く。
向かい合う鏡のような姿に尋ねると、ミンホは首を振った。
「困ってないよ。二度と会えないだろうけど、俺はここで頑張ろうって思ってた。
やれる事をしよう、あなたに次に会えた時絶対に恥ずかしくないようにって思ってたのに。
ウンスさんは?まさか迷子になったとか」

この背後、先刻無遠慮に開けた扉まで確かめるよう周囲に視線を巡らせる。
そして俺があの方から目を離す訳が無いと思い出したか、奴の声が改まる。

「いや、違うか。あなたがウンスさんを見失うわけないな。じゃあ」
ミンホは不思議そうに問い掛け直す。
「ヨンさん1人だけなの?その恰好で江南から来た?どうやって?迷わなかった?」
その声に正直に首を傾げる。一体如何答えれば正しい返答なのか。
「一人だが迷いはせん」
「なんだよ、心配させないでよ!!」

明らかに張り詰めていた緊張を解き、奴が大きな声を上げる。
「あの弥勒菩薩からではない」
「・・・え?」

安堵の余り力が抜けたか長椅子にだらりと背凭れていた奴が、続く声に跳ね起きて背筋を伸ばした。
「じゃあ、どこから?」
「此処だ」
「・・・ここ?」

奴は簾の降りた窓を指した。窓外の景色は厳重に閉ざした簾に遮られ、全く伺えない。
この男が景色を愛でる愉しみを奪い、同時にこの男を無遠慮な周囲の視線から守る。
この部屋のそんな様子が、この男に成り替わり慌ただしい移動を繰り返したあの夏を思い出させる。

こいつの暮らしは、まだあの頃のままなのだろうか。
何処に居るかも判らず、分厚い布で覆われて閉め切った窓の旅籠に閉じ込められた夏の日々。
撮影と呼ばれた時だけ、照りつける陽の下でかめらの前に立って来た。

今は真冬。高麗も寒さの最中だが、此処の冬も厳しいのだろう。
この舘中も部屋内はむっとするほどの熱気でも、一歩廊下へ出れば冷気がしんしんと忍び寄る。
あれ程行き交う者で溢れていてあの冷たさだ。人気が無い時には、凍る程に寒いに違いない。

「ここって・・・慶煕?」
地名など知るかと叫びたい思いで小さく頷き、俺は己の指で扉外を指した。
「この舘の中に居た」
「館って、この建物って事?今日ここでファンミーティングって・・・知ってる、わけないよね。まさか」
「ふぁんみーてぃんぐ」
「ああ・・・あー、えーと」

奴は何故か声を詰まらせると、相変わらず微動だにせず此方を見つめるあの女人へ声を掛けた。
「ねえ社長、悪いけど久々だからヨンさんと」
「そうね、そうして。ミンホは残るから、チーフマネ以外は全員一度退室して下さい」

女人が声を飛ばした途端、部屋中に居た者たちが一斉に動き出す。
全員が部屋を後にしたのを確かめ、最後に女が俺へ丁寧に頭を下げ
「またお会いできるとは思いませんでした、ヨンさん。本当に嬉しいです」

控えめに言うと微笑を浮かべ、静かに部屋の扉を抜けて行った。

 

「ヨンさん、俺に気を遣ってくれてたでしょ」
他の全員が部屋を出たのを見計らい、ミンホが困ったように笑んだ。
「詳しくいろいろ言えないし、聞けないし。あの入れ替わりの事とか、高麗の事とか」
「万事順調か」
「うーん。少なくともケガはもうすっかり。ほら」

あの時は白く重そうに固めていた左腕を俺へ突き出して示す。
確かにその動きに問題はなく、左右の腕の太さの違いも目立たない。表情も穏やかだ。
確かに顔の造作は瓜二つでも、俺はこんな無邪気な顔は出来ん。

奴は頷きながら俺の顔を確かめ、ふとその眉を曇らせた。
「で、どういう事なの?1人で来たって。ウンスさんは?」
「・・・判らん」

正直に首を振れば、奴の目が驚いたように瞠られた。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

1 個のコメント

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です