「迂達赤を動かす名分は作る」
大護軍とテマン、結局半ば強引について来たトクマンとの四人で、開京の大路を儀賓大監の御邸まで足早に抜ける。
大護軍は足を止めるのも刻の無駄だというように、前を見据えて斜め後に従く俺におっしゃった。
「儀賓大監の家人、王様の姪姫の姉妹同然。迂達赤隊長の家族同然という事にもなる。
王様にお願いすれば、内々でお許しを頂けるだろう」
「・・・キョンヒ様や銀主翁主、儀賓大監はどうでしょう。皇宮から距離を置いていらっしゃる御一家です。受けて頂けるか」
「受けるも受けぬもない。無事の確認が先決だ」
大護軍は一言の許に、あっさりと俺の不安を切り捨てた。
どうやらその冷静な顔の下では、大護軍も切羽詰まっておられる。
この状況では当然だろうと、俺は重い溜息を吐く。
門前に戻っていた先刻の急使の家人は、大路を近寄る俺達の姿に頭を下げるとすぐに門戸を開いた。
「チュンソク」
門をくぐった途端、大護軍の声が飛ぶ。
「は」
「敬姫様のお側に付け。トクマニ、テマナ」
「はい!」
「俺達はまず儀賓大監に御目通りを願う」
「判りました」
主の儀賓大監の御心映えそのままに、今は新春の木花が美しく配された御邸の庭を抜けながら、大護軍が気付いたように問うた。
「テマナ」
「はい大護軍!」
「ハナ殿の顔は判るか」
「・・・ハナ殿・・・」
テマンの声が自信なさげに低くなった。無理もない、大護軍の周囲の者以外には興味も関心もない男だ。
大護軍と然程接点のないハナ殿の顔をすぐに思い出せないのも当然だろう。
こういう時の大護軍は迷いがない。俺なら優に一刻は考え悩む処を、即断即決する。
「トクマニ」
「はい」
「テマナと山へ入れ」
「良いんですか大護軍!」
大護軍は奴の頭から爪先までを横目で確かめ、
「四半刻やる。支度して御邸の門前に戻れ」
「は、はい!」
血相を変えて頷くと、トクマンはそのまま径を駆け戻る。
あんなに浮足立った男を伴に、テマンの邪魔にならぬと良いが。
不安な気持ちを抱え、三人になった俺達は御邸の径を進んだ。
*****
「迂達赤隊長様」
キョンヒ様の殿前、いつもであれば出迎えるハナ殿の姿はない。
代わりに立つ見覚えの薄い家人がこちらの姿を見て頭を下げた。
「キョンヒ様は」
「只今お呼び致します。少々お待ちを」
家人は殿の廊下へ急いで走る。
しかし殿内で待ち侘びていたのか、それとも庭の気配に勘づいたのか。
同時にキョンヒ様が部屋扉を開け沓すら履くのが惜しいという様子で、突っ掛けた沓の足許でよろめきながら駆けて来た。
「チュンソク!!」
大護軍が俺から半歩下がり、キョンヒ様へと頭を下げる。テマンは無言で、同じく深く頭を下げたままだ。
俺の前まで駆け寄ってようやく、キョンヒ様が二人に頭を下げた。
「大護軍も来て下さったのか」
「は」
「突然、本当に申し訳ない。チュンソクまで呼び出して」
「いえ」
キョンヒ様の声を受け、大護軍は小さく頭を振った。
嘘は吐かぬ方だ。社交辞令ではないと信じる。そして俺にしか出来ぬ事も確かに幾つかある。
キョンヒ様に一歩寄り、いつもより控えめに膝を折ってその目を確かめ、出来るだけ静かな声でお願いしてみる。
「キョンヒ様。儀賓大監に御目通りをお願い出来ますか。大護軍とテマンがお会いしたいのですが」
「ああ・・・うん。うん」
蒼褪めて動転してはいるが俺の目を見ると頷いて、キョンヒ様は控えた家人に振り返った。
「本殿の父上に、大護軍らがお会いしに伺うと報せを。支度が整い次第、すぐに呼びに来い」
「畏まりました」
家人は頷いて本殿の方へと庭を走り出す。
「支度が整うまで、私の部屋でお待ち頂けるか」
キョンヒ様は俺達におっしゃると、先に立って庭を歩き出した。
御部屋内、新春らしい桃色の絹屏風を背にした顔色はまだ青い。
キョンヒ様は悔しそうに唇を噛み、零れ落ちそうな涙に負けんとばかりに顔を上げて、卓向かいの俺達を順に見た。
「私が言った」
震える唇が開いて、小さな声が聞こえる。
「何をおっしゃったのです」
「金柑が欲しいと言ったのだ」
「金柑、とは、あの・・・」
俺が小さく呟くと、キョンヒ様は小さな拳で乱暴に目許を拭う。
責め口調にならんよう充分注意しながら、キョンヒ様が顔を上げたところで、ゆっくりと問うてみる。
「取りに行けと、ハナ殿に言われましたか」
「ううん。ただついでのように話しただけなんだ」
乱暴に擦ったせいだけではない筈だ。
キョンヒ様は腫れた真赤な目許で俺を見ると、切れ切れの息を整えて、呟くように話し始めた。

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そうなのね
金柑が欲しいって…
ハナさんのことだから
キョンヒ様の為に
取りに行ったのね~
それで 戻らないんだ
キョンヒ様が 自分を責めちゃうのも
無理ない ( p_q)
ハナさん 見つかりますように
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キョンヒ様にこんなに心配されてハナどのは幸せですね。トクマンくん頑張って!