2016 再開祭 | 鍾愛・前篇

 

 

【 鍾愛 】

 

 

しんしんと冷える夜の寝屋の中、腕の中のこの方の体の向きが変わる。

格子窓から入る寒さを避けるように腕枕した小さな体が、俺を避けるように寝返りを打つ。

背を向けられれば耐えられない。顔を背けられれば我慢が出来ない。
起きておろうと眠っていようと。

悔し紛れに此方に向いた背、項を隠す髪に鼻先を埋める。
ようやく見つけた肩に唇を当て、傷つけぬよう甘く噛みつく。

眠たげな声を上げると再び寝返り、この胸へ向き合うあなたが腕を回して胴を抱き締める。
戻ったあなたに満足の息を吐き、窓からの寒さを避けるよう背で護り、寝息に耳を欹てる。
深く安らかに同じ調子で寄せる、波のような響き。
真冬の寝台の上が真夏の陽の下の温かな海になる。
その波に揺蕩うようにゆったりとこの眸を閉じる。

きっと明日は雪になる。
背に感じる冷たさの中、安らかな息に導かれ眠りに落ちる寸前思う。

この方に温かな上衣を着せねばならん。
目を離せばきっと降り頻る雪の中、表に飛び出して行くだろうから。

 

明け方の格子窓の向こうは雪。
聞こえる筈もない雪片の落ちる音に耳を澄ます。

暁の薄曇り、銀鼠の空は明るむだけで陽光はない。
戸の表、きっと庭の寒椿の赤が白雪に映えている。
それでも腕の中のこの方の美しさには比べるまでもない。
毎朝咲き開くこの花の、一番美しい姿を見られる慶福は。

腕の中、身動ぐ気配に眸を凝らす。
紅い唇が声にならぬ呟きを漏らすと、ふわあと温かい欠伸を一つ。

細い指が先に目醒めて歩き出す。
夜着越しにこの背の窪みを撫で、硬い骨を一つずつ辿る。

まだその長い睫毛は上がらない。
意地でも開くものかと胸に顔を寄せ、あなたは厭々と首を振る。

こうして起きる様子を盗み見られるのは俺だけの特権だ。
その睫毛が上がり始めた処で、代わりにこの眸を閉じる。

抱き締めた腕の中の体が温くなるのが、眸を閉じていても判る。
この方はこうして教える。その息で、温かさで、そして気配で。
盗み見ているなど思いもしまい。今まで一度も問われた事はない。

今朝も咲くのを見られたと、緩むこの頬に小さな掌が当たる。
細い指で優しく撫でられ、初めて白々しい狸寝入りの眸を開く。

「・・・おはよう、ヨンア」

腕の中、今朝も咲き開いた俺の花が寝起きの掠れ声で笑う。
きっと信じておられるだろう。今日は俺より早く起きたと。

 

「雪!」
起こされた猿芝居の俺の背の向こう。
身を乗り出して格子窓を開き、この方は一声嬉しそうに叫ぶ。
開けた途端に吹き込んだ、悴む北風。
雪交じりの風を避けようと、薄い夜着の背から胸に抱き締める。
「はい」
「ヨンア、今日は歩きよね?これじゃチュホンに2人乗りは危ないでしょ?」

胸の中で振り返る瞳に頷き返す。
寒い中を何故わざわざ歩きたがるのかは判らない。
唯でさえ危なげな足許は積もった新雪に取られ、見る俺の肝を冷やす。
それでもこの方が雪を好むのも、降るたび歩きたがるのも知っている。
「塩温石を作るわね。今年は灰カイロにも挑戦しようと思ってるの。問題は器よね。
金属製かなあ・・・研究しなきゃ」

凍える寒さの中でこうして楽しみを見つけるのは天賦の才か。
背から抱いた腕の中、胸に身を擦り寄せこの方は小さく体を丸めた。
見ろ、言わぬ事ではない。やはり寒いのではないか。
この胸だけでは足りん。慌てて掛布を引き寄せぐるりと包む。
包まれたこの方は、白い息でふわりと笑う。
「いっつも過保護なんだから」

過保護ではなく、鍾愛唯ならぬだけだ。
想っても想っても、また想ってもまだ足りず。
己でも何処かおかしいのではと不思議に思う。まして周囲の男らの本音の漏れる酒宴の席では。

 

*****

 

迂達赤だけの内輪の酒宴では、絶対に起きぬ厄介。
問題は官軍や禁軍との隊長辺りとの付き合いや、慰労の宴席で起きる。

女は若く新しいに限る。数度枕を交わせば飽きる。
どれ程家を大切に思おうと、妻への慾は別ものだ。
あの妓房の妓女が良い、あの酒楼の酒母が良い。

そして周囲の他の男は一斉にそれに同調し、時に反論し、女の品定め談議に花が咲く。
酒の勢いで散々猥雑な言葉を交わした後、奴らは慌てて頭を下げる。
「失礼しました、無礼講の酒の席とは言え」

そして合点の行かぬ表情のこの顔を眺め、一様に息を吐き首を振る。
「・・・大護軍には、無縁の話ですね・・・」

俺も男だ。言っている意味は判らぬではない。
他人事として成程と、頷く処もないではない。
無類の焼酎徒で杯を傾ける為、そして時には止むを得ぬ内偵の為。
時には今のような避けられん付き合いで、酒楼や妓房への出入りも無いとは言わん。

そうして出入りする妓房や酒楼で、この眸も胸も射抜くような、そんな女には出会った事が無い。
心が急いて仕方ない、顔を見ねばその一日朝も始まらず夕も暮れん、そんな女に会えた事が無い。
「俺達が出入りすると妓女達は、大護軍の話で持ちきりなのですが」

そんな事知るか。
「・・・そうか」
「決して常連になって下さらんと。どれだけ色仕掛けを仕掛けても遠慮なく突き飛ばされると」

当然だろう。
「・・・そうか」
「実は男色なのではと言い出す者まで」
「ふざけるな!!」

着せられた濡れ衣に思わず吠えると、奴らは仰天したよう飛び上がり身を縮める。
「判っております、勿論俺達も叱っておきました」

それで良い。
「・・・そうか」
「何しろ大護軍のお相手は、お前らなどでは足許にも及ばぬと」

当然だろう。
「・・・そうか」
「それでも、大護軍・・・」

酒の力を借りたのか、それとも本当に興味があっての事なのか。
一人の男が恐る恐る、俺へとようやく目を上げる。
「本当に大護軍ほどの美丈夫が・・・妾の一人も居らんのですか・・・」

先刻まで下らぬ女人談義の声に溢れていた部屋が、一瞬で凪いだ。
周囲の奴らがその声に固唾を飲む音が、静まり返った部屋に響く。

 

 

 

 

いつもに増してウンスを激しく情熱的に愛するヨン❤️
抽象的で大雑把かしら…(majuさま)

 

 

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