静かな縁側の膝の上で、突然この方が小さな声で笑い出す。
黒い庭を眺めていた俺は我に返り、膝の中を確かめる。
「如何しました」
「ねえねえ、どうすると思う?」
問いに問い返されても困る。
何事かと首を傾げ、居間から洩れる光の中で楽し気に瞠られた瞳を覗き込むと
「タウンさん。ヨンアとコムさんが戦う時、やっぱり応援するのはコムさんよねぇ」
「当然でしょう」
そんな事でよく暢気に笑えるものだ。
問題は何一つ片付いておらぬというのに。
この方には自覚がないのだろうか。
自分がまるで物のように扱われている事に。
「如何するつもりです」
「うーん。賞品のこと?」
「ええ」
「私なりにいろいろ考えたんだけど」
終いまで言わずに言葉を切ると、細い人差し指を紅い唇の間に挟んでこの方は呟いた。
「ねえヨンア。もし私が景品にならなかったら、ヨンアは大会に出なかったんじゃない?」
「無論です」
「何で?」
「俺は武人です。市井の民相手の角力では不公平でしょう」
「そうよねえ。でも」
頷くこの方の瞳に悪戯な光が過る。
「普通の人って、そんなに弱いの?」
「・・・は?」
「ヨンアが不公平だって思うくらい弱い?コムさんとか、手裏房のみんなとか」
「手裏房は・・・」
奴らは市井の民とは呼べぬ。
一介の貴族の抱える軟弱な私兵より遥かに力もあり、武芸にも秀でている。
コムは二軍六衛とは関わりはないが、本気を出せば巨躯を活かし大勝負が取れるかも知れん。
そしてコムだけではあるまい。
手裏房が絡み、王様と王妃媽媽が賞金賞品まで並べて喧伝すれば、俺達の知らぬ遣い手や角力上手が出場する事も有り得る。
「もしかして叔母様は、あなたとみんなを一度きちんと戦わせたいのかなって思ったの。
私が賞品になれば、誰にも渡さないようにあなたは絶対出場するし、もちろんみんなもよね?
実際コムさんもすぐに、出ますかって聞いてたし」
「しかし俺と当る事になれば」
「うん。でもあなたはそれが理由で手を抜いたら怒るって、みんな知ってるでしょ。
八百長なんて、まして王様の主催の大会でそんなことしたら激怒するって」
「・・・あ」
答はいつも簡単に出来ている。
俺はもしや深読みし過ぎたのだろうか。
仰る通り、叔母上は俺と周囲の者を戦わせたいのだろうか。
角力なら何の後腐れもない。組み合って勝っても負けても。
それでも判らん。
俺達の角力の手合せはともかく、出場するのは身内だけではない。
その民らに俺の内心など通じる事はなかろう。
俺の名に恐れを為して勝負を投げぬように、賞品や賞金を布石にするとしても。
この方の言葉の半分は、確かに的を射ている。
しかしあの叔母上がそんな安易な理由で、王様や王妃媽媽から金子や米の御提供を受けるだろうか。
その残り半分、まだ見えて来ぬ半分が気になる。
それでも出場を拒めぬ以上、判ろうと判るまいと臨むだけだ。
再び頷いた俺に満足したか、この方は先刻とは違う穏やかな笑みで膝の中に納まり直す。
小さな体を背後から抱き締め
「タウンはコムを応援します」
そう呟くと、この方が瞳だけで振り返る。
「うん。そうよね」
「敬姫様はチュンソクを」
「あー!そうだ、キョンヒ様にお誘いの連絡しないと!ハナさんも来てくれたら、トクマン君が大喜びで頑張るかも。
みんなで盛大に応援するわ」
膝の上で跳ねるように、わくわくと弾んだ声が返る。
皆でと言うのは、一体どういう事なのだろうか。
他の奴の事はこれ程判っているというのに、此処まで水を向けても聞きたい答だけが返らない。
「トギはテマンを」
「それは絶対ね。きっと薬草を山ほど持って来るわ」
「・・・あなたは」
「はい?」
「俺を、応援してくれますか」
「それはズルなんじゃないかなあ?私は一応景品なわけでしょ」
暗がりの縁側、居間からの仄かな光ではその瞳に映る己の顔までは見えない。
それでも今その瞳に映し出される俺は、さぞ愕然とした顔をしているだろう。
タウンはコムを。敬姫様はチュンソクを。侍女殿とトクマンの線は薄いとしても、トギはテマンを。
皆がそれぞれ想う相手を応援する。
この方を品物扱いされて怒り、誰にも渡さぬよう戦う気になった俺が蚊帳の外とは如何な料簡だ。
あなたは不機嫌に黙る俺を宥めるよう膝の中で身動ぐと、体ごと向き合い細い両腕をこの首に回した。
そして仕方がないと言うようにその両の指で俺の髪を梳きながら、
「堂々と応援したらズルになっちゃうから。心の中だけで、大声で応援する。それでもいい?」
聞きたかった答がようやく返る。答はいつも簡単なはずなのに。
この方の耳には決して届かないよう注意しながら安堵の息を吐き、俺は小さく頷いた。

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ちょっと 心配になたけど
公平に(笑)
ウンスはヨンを一番に応援しますとも
そうですとも~ ( ´艸`)
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ウンス
冴えてますね(*^^*)
ヨンが心配してる事。
王様や叔母さまが考えてる
後の半分…何でしょうね?
私も気になります(^-^;